2007/02/11
2009/12/11 (Fri)
――『穢れ』それは心の闇
神が創造した光溢れる美しき世界には浄化の役目を持つ守護者がおり、守護者は四柱で二対を配している。
そして、それぞれが対称の《陰》と《陽》に属することで、互いの存在を高め合い安定させていた。
そして、それぞれが対称の《陰》と《陽》に属することで、互いの存在を高め合い安定させていた。
しかし、世界は長い年月が経つにつれ、負の気から生まれる『穢れ』に侵されていく。
欲に溺れた人間達によって『穢れ』は守護者達の浄化が間に合わないほどに増殖し、それはやがて彼らの命を削ることになった。
それでも守護者達は己の役目を負い続けたが、やがて二対のうち一対が対の命を守るために役目を放棄し、世界の均衡は残された一対によって保たれることとなる。
現在、世界を守るは《陽》に属し【西】の性を持つ橙の『明星(あけぼし)』。
そして《陰》に属し【東】の性を持つ青の『昴(すばる)』である。
* * *
日が昇り、世界が光に満たされれば、そこは《陽》の領域になる。
穢れを浄化させるような青を広げる空に鳥達のさえずりが響き、緑に覆われた森には白や黄色、紫といった様々な色の花が咲き乱れている。
木々の隙間から差し込む光は柔らかく、森の小道を歩く者を優しく包み込んでその道を照らしているようだった。
「・・・・・・風に誘われ 光を導こう 願いを空に捧げ 輝く命に唄を奏でよう」
腰に橙色の玉を提げ、切り株に座り目を閉じた明星が、暖かさを感じさせる唄声を響かせると、どこからか動物達が集まり、広場のように切り開けた場所は多くの動物でいっぱいになった。
腰まである甘栗色の髪を日の光が金色に変え、澄んだ琥珀色の瞳は優しく集まった命を見ている。
「・・・神の御許に集いし魂よ 清らかなる心を保ち 安らかなる眠りと安寧を 授けよう・・・・・・」
唄っている自分の膝に乗ってきた兎に微笑んで撫でながら、その身に取り込まれている『穢れ』を自分の身の内に引き入れる。
明星はその感覚に僅かに眉を顰めるが、『穢れ』の全てを引き受けると、すぐに別の動物の『穢れ』を取り除いていく。
それを数刻続け、最後の一匹が終わると早い呼吸を落ち着けるかのように、身体を丸めて蹲った。
「・・・・・・・グルルルルル・・・」
額に冷や汗をかいている明星の様子を見た灰色の狼が、鼻面を顔に寄せて心配そうに唸る。
それに大丈夫だから、とかすれた声で返し、未だに落ち着かない呼吸を目を閉じてゆっくりと数えた。
しばらくそうしていると、心配した動物達が明星の周りに集まり、己の温もりを分け与えるかのように体躯を寄せて、明星の不安定な身体を支える。
「・・・はあ・・・・・・ありがとうございます。もう大丈夫、です・・・――貴方達も、私の心配をしていないで早く住処へ帰りなさい。・・・・・・もうすぐあの子がここに来てしまいます」
まだ明星の下に残っていた動物達は、心配そうな視線を向けながらも、これ以上明星の負担にならないようにと静かに森の奥へと帰っていく。
そんな中、先ほどの狼は地面に座り、じっと明星を見たままその場を動こうとしなかった。
「・・・・・・どうしたのですか?」
不思議に思った明星がそう問いかければ、狼は明星に向かって頭を下げた後、空にひと吠えして、他の動物達と同じようにその姿を森の奥へと消した。
明星は驚きを隠せないまま、狼が去っていた方を見つめ、しばらくして僅かに口元に笑みを浮かべた。
「・・・――あの狼はこの森の長でしたね。
ふふ・・・・・・礼など、世界の守護者である私には必要ないというのに・・・まったく、私達の眷属は――」
泣き笑いのようになりながら、明星は天に祈る。
神よ、私達の主よ。どうかこの世界に光をお与えください。あの者達の輝ける命が苦しむことのないように・・・闇に捕らわれることのないように――・・・
祈りは、どこまでも美しい切なる願い。
* * *
神に祈っていた明星は、近づいてくる気配に閉じていた目をゆっくり開けた。
まだ日は昇ったばかり。
与えられた役目はまだ残っている。
明星は気持ちを切り替えて、待ち人を迎えるために立ち上がり、目眩がしないことを確かめると、気配のする方へと歩き出す。
「・・・あけぼしさん!」
元気な声と共に駆けて来たのは、まだ年端のいかない少女。
少女は、肩を少し越した赤毛の髪を左右で三つ編みにし、その大きな瞳は太陽の光を受けて、朝露に濡れた新緑の葉のように輝いている。
明星は飛び込んできた少女に笑いかけ、優しく小さな身体を抱きしめた。
「・・・久しぶりですね。元気にしていましたか?陽香(ようか)」
「うん!」
明星に名前を呼ばれた陽香は嬉しそうに笑うと、明星の手を引いて「早く、早く」と歩き出す。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
いつもの速度で歩いている明星は、速く歩いているつもりの陽香を微笑ましく思いながら、その手に引かれるまま歩を進める。
陽香を見て、明星はふと気付いた。
前に会った時よりも、少し背が伸びただろうか。
――人の成長は、早い。
「陽香、貴女背が伸びましたね」
そう思ったことを明星が言うと、陽香は満面に笑みを浮かべて、軽いステップを踏む。
「そうでしょう!あのね、すぐにお母さんやあけぼしさんより大きくなるんだよ。そしたらね、お母さんのおてつだいをして、お母さんにおいしいものを食べさせてあげるの!」
「・・・・・・そうですか。貴女のお母さんは喜ぶでしょうね」
明るく笑う少女に、明星は思う。
この子の笑顔が曇らなければいいと。
今の世界に必要な穢れのない魂を持つ少女が、笑っていられればいいと。
思わずにはいられない。
「今日ね、あけぼしさんがくる日だから、お母さんがおかしをつくってくれるっていってたよ。だからね、早くいえにいかないといけないの」
「露木(つゆき)さんのお菓子ですか。あの方の作るものは美味しいですから、とても楽しみですね」
陽香の輝く笑顔に、明星は優しく笑い返す。
「うん!お母さんがつくるのはせかいでいちばんなんだよ。ようかももうすこし大きくなったらいっしょにつくろうっていってた」
「そうですか。そしたら、私にも食べさせて下さいね」
「うん。とってもおいしいのつくるね!」
「ええ、楽しみにしています」
手を繋ぎ道を歩いていると、木々が開け丘の上に出た。
その丘を下っていけば、朝の喧騒に包まれた村が見え、すれ違う村人に挨拶をしながら、二人はその外れにある家に足を運ぶ。
着いた家は色とりどりの花に囲まれ、開け放たれた窓からは、甘い匂いが漂ってくる。
「ただいま、お母さん!」
陽香が勢いよくドアを開けて家に入り、その後に明星も「おじゃまします」と言ってドアを閉めながら家の中に入る。
お菓子を作っていたらしい露木は、娘の声に振り向き、娘の後に家に入ってくる明星の姿を見つけると、陽香とよく似た顔に笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、陽香。いらっしゃい、明星さん」
「お久しぶりです、露木さん。お元気なようで安心しました。それに、相変わらず庭の花が綺麗ですね」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。さあ、娘が待ちきれないようだから、こちらへどうぞ」
露木は抱きついてきた陽香を抱きしめてから、明星をテーブルへと案内する。
テーブルは白いテーブルクロスの上に橙色の花と青い花が飾られていて、明星は無意識にそっとその花を撫でる。
「ふふ、綺麗でしょ。明星さん、うちに来るといつも青い花を見ているから、青が好きなのかと思って、さっき摘んでおいたのよ」
視線を一瞬露木に向けて、すぐに花に視線を戻すと、愛おしむように青い花を見つめる。
「・・・好き、そうですね。青は私の大切な人の色なんです」
明星のその優しい声と表情に、露木は僅かに息を呑んで明星に尋ねる。
「大切な人・・・それは、恋人?」
「・・・いいえ、いつも傍にいてくれる、何よりも大切な人です。言葉では言い表せないくらいに大切で・・・・・・きっと、どこにいても声が届くと思う程に」
「・・・・・・・・・・・」
黙る露木に「でも」と明星は笑う。
「くすっ・・・とても心配性なんですよ。普段は優しくて頼りになるのに、いじけるとぶすっとして、とても手が掛かる人なんです」
「・・・・そうなの」
明星が露木を見て笑みを浮かべれば、露木もそれを見守るように笑う。
その様子を眺めていた陽香は、こてりと首を傾げて明星を見上げた。
「あけぼしさんは、青がすきなの?」
「そうですよ」
「へぇー」
陽香と話していると、お菓子の様子を見るために露木が立ち上がり、奥へと姿を消す。
しばらくして、皿に綺麗に並べられた焼きあがったお菓子と湯気の上がるお茶を運んできた。
「お茶の時間には少し早いですけど、どうぞ。リンゴの焼き菓子と栗を使ったお菓子です」
「ありがとうございます」
お礼を言って小皿を受け取り、陽香の前にも取り分けたお菓子とお茶を置いてあげると、待ちきれないように瞳を輝かせて母親を見る。
「お母さん、たべていい?」
「ええ、いいわよ」
それを聞くと、陽香は大きな声で「いただきます」と言って、焼きたてのお菓子を口に入れる。
「どうかしら陽香。おいしい?」
露木がそう聞けば、陽香は頬に手を添えて何度も頷く。
「うん!とっても、とってもおいしいよ、お母さん!」
「それはよかったわ。明星さんもどうぞ」
進められるままに、焼き菓子を口に含めば、控えめな甘さと香ばしさが口の中に広がり、自然と笑みが浮かぶ。
その様子を見ていた露木も、椅子に座りお菓子を食べ始める。
「そうそう、今日はお祭りがあることを知っていましたか?」
露木の言葉に首を傾げれば、陽香がお菓子から顔を上げて、露木にお菓子かすを取ってもらいながら明星に話し始めた。
「今日は、村のしゅごのけものさまが生まれた日なんだよ。だから、おいわいなんだって」
「今年は、陽香が花を捧げるんですよ。時間があるのでしたら、明星さんも見ていかれてはどうですか?」
隣に座る陽香を見れば、期待に満ちた目で明星を見つめている。
そんな姿を見て断れるはずもなく、明星は苦笑して頷くのだった。
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・・・続きます。
一応、前に載せた暁月夜の続編なので、そちらを読んでからの方が分かりやすいかと思います。
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・・・続きます。
一応、前に載せた暁月夜の続編なので、そちらを読んでからの方が分かりやすいかと思います。
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