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2007/02/22 (Thu)

「はぁ・・・はぁ・・・・くっ」

一面雪で覆われた森の中を一人の少女が銀色の髪をなびかせ全力で走っていた。

その髪は月の光に照らされてきらきらと輝き、まるで天使が雪の上に舞い降りたかの様だった。しかし、彼女の碧い瞳は戸惑いと悲しみで彩られていた。

その後を全身を黒でかためた五人の男たちが追っていた。

「あ。」

木の根に足をつまずかせ雪の上へと転んでしまった。

この機会を逃がすまいと、男たちは得物を少女へ向ける。

「申しわけございません。」

頭らしき男は一言そう言うと月に照らされ冷たく光る刃を振り上げる。

少女は次に来るであろう痛みに備えて目をつむった。

しかし、痛みは訪れず、代わりに聞こえてきたのは男のうめく声だった。

目をそっと開くと、目の前に紅の獣が立っていた。

その額には、金色に輝く角が生えており、瞳は紅い宝石のように透き通っている。体躯は狼のようで、すらりとした四肢にふさふさとした尾が彼女の目を引いた。

獣の足元には男が一人倒れていた。そして、地を一蹴りするとその鋭い爪で三人の男たちを瞬時に倒した。

周りに血が流れ、白かった雪が紅く染まった。

「何者だ。」

先ほど少女に得物を向けていた男は問うた。

すると、獣の紅い瞳がすぅっと男に向けられた。その瞳には明らかな殺意が込められていた。

「お前ごときに答える筋合いはない。」

その瞳と同様に透き通って凛とした声が辺りに響いた。

だが、と口元に笑みを浮かべながら獣は言った。

「あえて言うのならば、皇族に使える者とでも言っておこうか。」

そう答えに男はまさか、と息を呑んだ。

「皇獣!」

その答えに獣の笑みはさらに深くなった。

「皇獣・・・」

少女は寒さと疲れが溜まり、次第に薄れていく意識の中その存在のことを思い出していた。

 皇獣は、主に皇族の中でも特別力のある者にだけ呼び出すことのできる獣である。

そして、自分の主の命令は絶対であり、その命を脅かす者には死しかあたえない。

「覚悟しろよ。」

皇獣が男に向かって地を蹴った。

今にも爪が男の首を引き裂こうとしたとき少女が叫んだ。

「やめて!もう人を殺さないで。」

少女の碧い瞳に見つめられて皇獣がさがった。さがった皇獣は木に背を預けている少女の許へと向かう。

「鈴様・・・・・」

男は少女を鈴と呼び、剣を鞘に収めた。

「鈴様。私はあなたを・・・・命のある限りあなたを殺さなければなりません。」

「ええ。でも、もう私のせいで人が死ぬのは嫌なの。だから、帰って。」

「しかし!このままでは・・・」

彼は鈴に近寄ろうとしたが、傍に控えていた皇獣に唸られて近寄ることができなかった。

「ね?」

「分かりました。」

鈴に念を入れられてそう答えることしかできなかった。

男は彼女に背を向けて立ち去ろうとした。

しかし、ザッと振り返り、鞘に収めていた刀を抜き、彼女へと斬りかかった。

それを皇獣が防ぎ、彼の首を爪で引き裂いた。男が地面へと崩れ落ちる。

「どうして・・・・・」

鈴は信じられないというように呟いた。

彼はそっと、目を開け彼女の瞳を見つめた。

「私は・・・あなたを一度でも、この手に掛けようとしました・・・心優しいあなたを・・・」

男の顔には後悔の色が浮かんでいた。

「どうか・・・お気・・を・・・付けて。」

そう言うと彼は、ゆっくりと目をとじた。

「どうして・・・・死ぬ必要なんて・・・なかったのに・・・」

彼女の目から涙があふれた。その涙を皇獣が優しくなめとる。

「奴は、許せなかったんだ。たとえ、あいつの命令だったとしても、お前を殺そうとしたことを。奴が望んだことだ。」

「でも・・・でも!」

後から後から溢れてくる涙を隠すように、鈴は皇獣のふさふさとした首にしがみ付いた。

彼女自身、なぜ初めて会ったこの獣に心を許すことができるのか分からなかった。

「大丈夫だ。私がいる。だから・・・・」

皇獣は、再び彼女の涙をなめると、優しげに目を細め、前足を折る。

「私の名は紅簾。私が唯一主と認める者よ、その心と意志が折れぬ限りお前を守り、この身と心をお前だけのために尽くすことを誓おう。」

「こう・・・れん・・?」

さすがに、疲労と寒さで意識を保つことができなくなってきた鈴は、意識を何とか保とうと自分の手首を強く握った。

それを見た紅簾は、寒さで冷え切った鈴の体を、自分の体で包むように丸まった。

「疲れたんだろ?安心して寝ていいぞ。私が付いているから。」

鈴は紅簾の優しい声を聞いて、ゆっくりと目を閉じた。

紅簾の匂いは、まるで陽だまりのように優しく、そして暖かく感じた。

 

鈴が完全に眠ったのを確認して、紅簾は体を動かし、涙の痕が残る彼女の顔を見つめた。

そして、その涙の痕をそっとなめて、口を開いた。

「そう。嫌なことも、悲しいことも、今は忘れて眠るがいい。すべて、私が背負うから・・・。だから・・・だから、鈴・・・・」

その呟くような声は、誰にも届かなかった。




彼女は幸せだった。たとえ、彼女の存在を知る者がこの世界に数人しかいなくとも・・・・

この世でその存在を知っているのは、彼女の父である皇帝と母である皇后、彼女の世話をする数人の召し使い。

そして、皇太子である彼女の兄、怜悧だけである。

 

「兄―さま!」

鈴は雪で白くなった庭に大好きな兄の姿を見つけると、二階のベランダから飛び降りた。

「鈴!」

その姿を認めると怜悧は妹を受け止めようと、彼女へと手を伸ばす。

そして、鈴の体を受け止めると、そのままぎゅっと抱きしめた。

――お日様の匂い・・・・兄さまの匂いだ。

鈴は怜悧のことが大好きだった。

どんな時でも鈴のことを守ってくれる。

彼女が悲しい時や寂しい時は、いつもそばにいてくれる。

父や母よりも兄のことを頼っていた。

しばらくして、鈴の体を離すと、怜悧は緊張の糸が切れたように雪の上に座り込む。

「鈴。二階から飛び降りてはいけないと、いつも言っているだろう。」

いつものように注意する怜悧の水色の髪を撫でながら、彼の目線に合わせようと鈴もしゃがみ込む。

そうして、彼の緑色の瞳を見つめながら、久しぶりの兄の姿にほっとしていた。

「だって、最近ぜんぜん来てくれなかったじゃないですか。」

「ああ、ごめんよ。もうすぐ召喚の儀式なんだ。準備だとかなんかで、まったく城を抜け出せなかったんだ。俺だって会いたかったんだ。」

怜悧はすねた様に顔を背ける。

こういう時の兄はかわいいと思う。

くすくす、と笑う鈴を見て、安心したように怜悧も微笑む。

「安心したよ。しばらく来れなかったから、また泣いているんじゃないかと思って。」

「大丈夫。だって、兄さまが来てくれるもの。」

すると怜悧は、困ったような悲しいような顔をして目を伏せた。

「ごめん。俺のせいでお前には寂しい思いをさせているね。普通ならこんな所でなく、城で暮らしているはすなのに。友達だって・・・・・」

自分のせいだと言う怜悧の唇に、鈴は自分の人差し指をあてて言葉の続きをさえぎった。

「いいの。」

だが、皇女である鈴が城ではなく、人里離れたこのような場所に住んでいるのには理由があった。

この国では生まれてすぐ、珠玉の樹により信託を受ける習慣があった。

鈴も生まれた時、珠玉の樹から信託を授かった。

『強き力。純粋で気高き、透き通るような力。この者は紅玉。青玉より遥かに強き力。』

紅玉と言われた鈴の力は、青玉である怜悧よりも強いことになる。

だがそれでは、二人の皇位争いになりかねないと考えた皇帝は、愛する娘の存在を世間から隠した。

 その結果、鈴を知っている者はほとんどいないことになったのだ。

「それに兄さま。もう大人になるのですから、俺ではなく私と言わなければなりませんよ。」

「そうだった・・・・」

「くれぐれも家臣の前で、俺なんて言わないで下さいね。あきれられますから。」

怜悧は、妹の説教に分かったと返事をしてから、はっと思いついたように言った。

「なあ鈴、皇獣を召喚したら、清氷の湖で落ち合わないか?俺・・・私の皇獣を見せてあげるよ。あそこなら私達しか知らないし、ここの近くだ。」

「いいのですか!私が見てもいいのですか!」

鈴はとてもわくわくしていた。皇獣は力の強い者にしか呼び出すことができないので、今まで父の皇獣しか見たことがなかったのだ。兄の皇獣はいったいどんな姿なのだろうと、あれこれ思い浮かべてみた。

そんな鈴の表情を、怜悧は顔をほころばせながら見ていた。

「もしここに皇獣を連れてきたら、お前が皇族だというのがばれてしまうからな。」

ここの召し使い達は鈴のことを、どこかの高位貴族の娘であり、人が大変苦手で、都から離れたこの地にいると説明されているので、皇獣など連れてきたら皇族ということがばれてしまうのである。

「召喚の儀式はいつ行うのですか?」

ふと鈴は聞いた。

普通、召喚の儀式はその者の十八歳の誕生日に行うのだが、稀に違う日に行うこともある。

そして、皇獣を呼び出すことが出来れば、皇位継承権が与えられるのである。

「もちろん十八歳の誕生日の日。あさってだよ。」

そう言う怜悧の瞳には、自信と不安が宿っていた。

それを見た鈴は、兄を励ますように微笑んだ。

「では、楽しみにしています。しっかりと呼び出して下さいね。でないと、しばらく口を利きませんから。」

鈴の言葉に怜悧は一瞬きょとんとした。そして、いったん目を閉じて、次に目を開いた時にはその瞳に不安はなく、あったのは自信だけだった。

「もちろんだ。」

自信たっぷりに言うと、鈴の手を取り屋敷の中へと入っていった

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