2015/02/15 (Sun)
願ったのはささやかな幸せだったはずだ。
決して叶わない夢ではない。
けれど、きっと私には過ぎた願いだったのだろうか。
それが今目の前にある現実。
あなたという名の、世界の終り。
* * *
「何故だ・・・っ!何故、あの方を止めなかったっ!!お前になら出来たはずだろう!!」
湧き上がる激情のままに、目の前にいる男を床に引き倒す。
動くと同時に身体のあちこちにある傷が引き攣れ、一番深い腹部の傷が開いたが、そんなことは気にもならない。
今感じるのは、守りたいものを守れなかった自分と、守れるものを守らなかった男への怒り。
ガタガタと窓に風が叩きつけられる音が鳴りやまぬ中、私の荒れ狂う感情を切り捨てるかのような、アイスブルーの瞳がじっと私を見つめる。
「これは、こうするしかなかったのだ。・・・それに、あの方が望まれたことだ」
淡々と告げる男に怒りの炎は煽られるばかりだ。
限りを知らぬ感情が私を支配する。
「・・・な、にがっ!!」
視界の端をちらりと緋色が走る。
制御しきれない力が暴走しようと体内を焼き焦がし、収まりきらぬ炎が溢れているのだ。
それを分かっているはずの男は、熱をもたない瞳を向けるだけ。
「こんな国のために、あの方が責を負う必要はないんだっ!すべては、くだらぬ王族の欲が!そしてっ、それを増長させてしまった我が一族が・・・っ。私など、助けずともよかった!あの方が失われるくらいなら、私がっ」
「黙れ」
その一言で、周りを燃やしていた私の炎が一瞬にして凍りつく。
それと同時に私は男に押し倒され、位置が逆転した。
吐く息さえも白く染め上げる冷気が、男から発せられているのに気づき、私だけでなくこの男も怒りを感じていたと知る。
「お前に言われずとも、責を負うべき者が誰かは分かっている。誰かに責を押し付けるしかできない愚かな王も、あれに従い力を使い、しまいには縁を切っているお前を犠牲にしようとしたお前の一族も、俺は決して許しはしない。本来であれば、あの方を失うようなことがあってはらなない。けれど・・・」
「・・・っ」
白く冷たい男の手が、私の頬についた傷をなでる。
男の冷たい色を灯す瞳に怒りと僅かな熱を見つけて、目を見開いて固まることしかできなかった。
男と私の付き合いは、私が一族に見切りを付け、あの方に忠誠を誓った幼少期から続くが、男の感情が動くところを見たことがなかったのだ。
動揺する私を気にすることなく、男の手は傷を癒すかのように私に触れる。
「あの時、あの方が行かなければ、一族に差し出されたお前がこの国の贄となっていた。あの方も俺も、お前を失うことに耐えられなかった。」
「・・・そんなことっ!あの方に比べれば、私一人の命など!」
「確かに、他の人間ならそう言うだろう。だが、俺たちにとっては、お前という女を犠牲にする選択肢はないんだ!・・・理解しなくていい。だが覚えていろ」
強く鋭い瞳が私を貫く。
こんなことを言い合っている場合ではないのに、男の言葉と視線に心が揺らいでどうしようもない。
私にとってあの方も、この男も己の全てをかけても守りたい存在だから、その思いが納得はできなくても分かってしまう。
「お前を失うくらいなら、俺たちは全てを滅ぼしてやる」
男は、そっと睦言を伝えるように呟くと、冷たい手で視界を視界を遮った。
そうして闇に閉ざされた中で、唇に温かな体温が触れたと思えば、すぐに手は外され男の顔が見えた。
「・・・お前」
「こうしてお前が傷ついていることすら許せないのに、どうして失うかもしれない事態を見過ごすことができる。お前が捕らわれた時点で、あの方は全てを決めた。そして、俺もそれに賛同した」
そうして、あの方が捕らわれ、私はこの男に救出されたということか。
噛みしめた口内に血の味が広がる。
いつ失われるとも知れない、あの方の身を案じて目を閉じる。
昔から私の気持ちをいつも読み取ってしまう男は、私を優しく抱きしめて、耳元で安心しろと告げた。
「忘れたのか、あの方の力はなんだ?お前には聞こえるだろう?あの吹き荒れる風の音が」
「まさか!!この風はあの方の!封じを施されては力は使えないはずなのに」
「お前はあの方を誰だと思ってる。お前の安全を確保できれば、俺たちに適うものはいない。そうだろう?」
そう言って、不敵に笑う男は私に手を差し伸べて、高らかにウタウ。
「では、お前の炎と俺の氷で俺たちの主を迎えにいこうか」
* * *
願ったのはあの方に忠誠を誓い、泣きながら微笑んだお前の幸せ。
あの方と2人で守ると誓い、いつも傍で見守っていた。
失望と諦観に蝕まれた俺たちに、願望を抱かせた時から特別な存在になった。
それが今ある俺たちの、現実。
お前という世界の、始まり。