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2007/03/16 (Fri)

鈴は木に寄りかかりながら怜悧が来るのを待っていた。

彼女は、その瞳と同じ碧いドレスの上に紅いコートを羽織っていた。銀色の髪はそのまま下ろしており、光を受けてきらきらと輝いている。胸には怜悧が鈴の誕生日に、信託にちなんで贈った、雫型の紅玉の首飾りがある。

 冷たくなった手をこすり合わせながら空を見た。

空は晴れから曇りに変わり、今にも雪が降ってきそうな雰囲気だった。

――兄さま、まだかな・・・・・・

鈴が心細くなってきたとき、後ろの茂みからガサッという音が聞こえてきた。

木から離れ後ろを見てみると、儀式用の衣装をまとった怜悧が立っていた。

右耳には鈴があげた青玉の耳飾りをしている。

鈴はいつもとは違う怜悧の姿に一瞬見とれ、はっとしてそれをごまかすように尋ねた。

「兄さま。きちんと呼び出すことができましたか?」

「・・・・・・・・・」

怜悧は無言で立っていた。

普通ならば疲れているのだろうと思うのだが、兄のまとっている空気と、いつもなら疲れていても、微笑んで答えてくれるはずの兄が、何も答えないことに、鈴は不安を覚えた。

「兄さま?」

その心に生まれた不安を確かめるように、鈴はゆっくりと怜悧に近づいていった。

――嫌な感じがする。

心の底で感じた、直感と呼ぶべきものが警鐘を鳴らしている。

しかし、鈴はそれに構わずに歩みを進めた。

怜悧まであと数歩というところで、彼は呟いた。

「お前がいると、俺は皇帝になれない・・・・。お前はいらない。邪魔だ・・・・。」

 怜悧はそう言うと、緑の瞳を鈴へと向けた。

その瞳に光はなく、どこを見ているのか分からないほどに虚ろだった。それ故か、いつもは鮮やかな緑に見える瞳が、曇った深緑に見えた。

明らかにいつもの怜悧と違かったが、鈴の心を乱すには十分だった。

「・・・・・・!」

今まで慕ってきた兄に邪魔だと言われ、体に雷を受けたように動けない鈴に向かって、怜悧は腰に佩いていた剣を突きつけた。

「兄さま・・・・・・」

鈴は一歩も動くことができなかった。

信じられなかった。分からなかった。

あんなに優しかった兄が、どうしてあんなことを言うのか。

何があっても守ると言ってくれた兄が、どうして自分に刃を向けるのか。

そして、頬を伝っている雫が何なのかも。

その雫で鈴の紅い首飾りが濡れ、首飾りそのものが彼女の心となる。

「そうよ。そのままその愛しい妹を殺してしまいなさい。」

突如どこからか、よく通る、そして魅惑的な声が響いた。

鈴は何とか辺りを見渡してみると、怜悧のすぐ後ろに、青に薄く灰色をかけたような色の白鳥ぐらいの鳥がいることに気付いた。

その鳥をじっと見つめていると、鳥から力の流れが感じられた。

「あなた、兄さまの皇獣?」

思ったまま言ってみると、鳥はへえーと目を細めた。

「やっぱり、あなたには分かるのね。さすがだわ。紅玉のお姫様。」

鳥は鈴の足元まで来ると、羽で地面をぺしぺしと叩いた。

何をしているのだろうと思っていると、鳥は一言いった。

「座りなさい。」

鈴は言われた通り座った。先ほどの衝撃も、鳥の登場で少し和らいだようだった。

しかし、気を許してはならないと直感が告げていた。

鈴が警戒したのも気に留めずに、鳥はくつろいだように話し始めた。

「私は妖花の翠楼よ。あなたの言う通り怜悧の皇獣。と言っても正しいパートナーではないけれどね。本当は、私の兄がこの子の皇獣のはずだったけれど、私が奪ったの。あ、妖花っていうのは私の敬称のこと。それで、この子があなたも皇獣を呼び出せるって聞いたから、邪魔だと思って殺そうとしたの。それもあなた紅玉って話じゃない?もっと厄介になると思ったのよ。それにこの子、あなたのことばっかり話すからうるさいし、殺しなさいって言ったら、嫌だって言って聞かないからちょっと術かけちゃった。」

「私にそんなに話していいのですか。」

べらべらとしゃべる翠楼にいぶかしげな視線を送ると、翠楼はうっとりと笑った。

「いいのよ。どうせあなたは死ぬんだから。」

そう言うと鈴の後ろに回ったり、羽で髪に触れたりと無遠慮に鈴を観察しだした。

翠楼がそうしている間に、鈴は怜悧をちらりと見た。

怜悧は相変わらず鈴に剣を向けている。その姿を見るだけでも、鈴は体の芯が揺らいでしまう気がした。しかし、先ほどとは違い、やや冷静さを取り戻した鈴は、兄にかけられた術を解くことを第一と考えた。

今この状況で自分にできるのは、これくらいしかないからと。

「兄にかけた術を解いてください。私が死んでしまえば、兄さまに術をかける必要はないのでしょう?」

自分を殺すために兄に術がかけられたのならば、自分が死んでしまえば術をかけている必要はないはずだ。そう考える鈴の心を見通していたように、翠楼は甘く微笑んだ。

「駄目よ。解いちゃったら意味がないじゃない。」

「意味?」

兄に術をかけたのは自分を殺すためだけではなかった?では、なんのために・・・・・?

鈴が必死に考えていると、翠楼はまるで埃を払うかのように羽で体を軽く叩いた。そして、怜悧の方を見ると、さもつまらないように言った。

「さて、お話はそろそろ止めにして、さっさと城に帰りましょうか。」

城に帰る。それはつまり、鈴を殺すということ。

鈴がその意味を察して立ち上がったが、怜悧が横で剣を構えていたのでそれ以上動くことができなかった。

「さあ、怜悧。」

翠楼がそう言うと、怜悧は構えていた剣を振り上げ、鈴に向かって振り下ろした。

鈴はとっさに目を閉じたが、いつまで経っても痛みがこなかったので、ゆっくりと目を開けた。その瞳に映ったのは、鈴に刃が当たるか当たらないかの寸前のところで、剣を止めていた兄の姿だった。

瞳には光が戻っており、怜悧の意志がそこにあることを示していた。しかし、翠楼の術に必死に抗っているのか、歯を食いしばり剣先は震えている。それでも、鈴から少しでも離れようと、一歩一歩後ろへと下がっていく。

「兄さま。」

「来るな!」

近寄ろうとした鈴に怜悧は叫んだ。

今、鈴が近づけば、ぎりぎりで押さえ込んでいる術が、再び自分の心を侵してしまう。そうなってしまえば、自分は鈴を躊躇いもなく鈴を殺してしまうだろう。それだけは回避しなければ。今の俺にはそれしかできないからな。

怜悧はふと笑った。自分が守ると言っておいて、自分の皇獣に術をかけられ、それで自ら鈴を殺そうとするとは。兄失格だな。

 そう考えながら鈴の方を見みると、精一杯の笑顔で笑った。鈴が心配しないようにと。

「鈴、行くんだ。ここから早くっ・・・・・・」

 ――やばい!限界か!

 怜悧の顔が苦痛に歪む。それから胸を掻きむしるようにして倒れこみ、荒い呼吸を繰り返す。それを遠くで翠楼が眺めていた。まるで私に逆らうからだと言わんばかりに。

「兄さま!」

 そんな兄の姿を見て、駆け寄ろうとした鈴の姿を怜悧はぼんやりとした視覚で捉えた。これではいけないと思いつつ、体が全く言うことを聞かない。ならばと怜悧は、体の中で何かが暴れているような痛みに堪えながら、声をしぼり出した。

「生きろ!なんとしてでも生きるんだ鈴!行け!」

――兄さま・・・・・・!

鈴は一瞬泣きそうな顔をしてから、怜悧に背を向けて森の中へと走っていった。

 

――鈴・・・無事で・・・・・

鈴が走り去っていった方を見ながら、怜悧は体の中で荒れ狂う痛みと闘っていた。

翠楼は、そんな怜悧を冷ややかな瞳で見下ろすと、手を怜悧の額にのせ、何かを低く唱えた。すると、怜悧の瞳から徐々に光が失われていき、表情も無機質なものになっていった。

「さーて。どうしましょうね。紅玉のお姫様?」

そう呟く翠楼の真上には、冷たく輝く月が昇っており、月に照らされた彼女の姿はもう鳥の姿ではなかった――



「ん・・・・うん・・・」

暖かい温もりと優しい薬草の匂いに誘われて、鈴はゆっくりとまぶたを開いた。

起きて辺りを見渡すと、木の壁に薬草が所どころつるされていて、小さな窓からは日の光が差し込んでいる。そして、レンガで造られた暖炉には火が燃えていた。

「ここは・・・・」

そうつぶやいていると、ドアが開き青年が入ってきた。

彼の髪は紅く、その長い髪は後ろでひとまとめに結んでいた。同様に紅く透き通った瞳は、鋭い印象があるが瞳に宿っている光が今は暖かいものなので、冷たくは感じられない。

そして、服の上からでも無駄な肉が一切付いていないと分かる体は、鈴より少し背が高かった。また、彼の動きには無駄というものがなく、その手に握られているコップの中の水はまったく揺れていない。

「起きたのか。」

青年の発した声はまるで澄んだ水のような優雅さがあり、それでいて凛としていて聞いていると心地よい印象を鈴に与えた。

「あの・・・・」

「まずはこれを飲むといい。」

のどが渇いていた鈴は、差し出された水を受け取ると、言われた通り一口飲んでみた。水はとても冷たく、少しぼんやりしていた頭をすっきりさせた。

残りの水をすべて飲み、青年の方をみると、ほのかに笑みを浮かべていた。

「美味しかったか?」

先ほどの笑みを浮かべたまま青年は尋ねた。

「はい。」

それは良かった、と笑う彼につられたように鈴も自然に笑っていた。

「もう少し眠るといい。」

鈴は、そう言って立ち上がった彼のそでをつかんだ。

「あの・・・紅簾・・・・紅い獣を知りませんか?私の大切な友人なんですが。」

それを聞いた彼は一瞬きょとんとして、くくくくと小さく笑いだした。

笑われたことに怒った鈴は顔をしかめた。

「笑うことではありません。」

「すまなかった。そういえば、あの時はこの姿を見せていなかったな。」

そう言い、鈴から少し離れた。紅簾の瞳の輝きが鋭くなったと思うと、一瞬炎で包まれ獣の姿になっていた。

そして、再び炎に包まれると人の姿に戻っていた。

変化を見て目を丸くしている鈴に向かって紅簾は言った。

「この通り、私が紅簾だ。」

「人の姿にもなれるの?」

「人の姿になれるのではく獣の姿になることができるのだ。人の姿が本当だよ。」

もっともだれも知らないが、とつぶやく彼が紅簾だというのにも驚きだが、今まで皇獣が人の姿だというのにも鈴は驚いた。

「でも今までお父様の皇獣が人の姿になったことはなかったわ。」

鈴の父であり現皇帝である清漣は、水を操る皇獣を使役していたが、その皇獣が話すことはあっても、人の姿になったのを見たことはなかった。

「それは、自分が仕える者意外に自分の姿を見せたくないからだろう。私とて、自分の本性を鈴以外に教える気はない。」

「でもその姿でいたら誰かに見られてしまうのではないの?本性を知られたくないのでしょう?」

「たとえ、この姿を見られたとしても、私が皇獣だとは思わないだろう?現に鈴が私を見ても私が紅簾だとは気付かなかった。つまりただ気付かないだけで、実は清漣の皇獣の本性を見ているかもしれないということだ。結果として、人としての姿を見られることは気にしないが、皇獣として人の姿を見られることは避けるべきことということになる。分かるか?」

 紅簾のなんとも言えない説明は、ただただ鈴を混乱させるだけだった。

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