2007/06/30 (Sat)
*皇獣(こうじゅう)
春桜(しゅんおう)国の皇族に仕える、異世界の獣。
だが誰にでも召喚できるわけではなく、それなりの力を持っていなければならない。
皇獣でも紅玉・青玉・翠玉・黄玉・水玉と種族があり、それぞれ得意とする属性がある。
一度こちらの世界に召喚されてしまうと、もう元の世界に戻ることができず、人よりも長い時間を生きるので、
少々主に依存してしまう場合がある。
*珠玉の樹(しゅぎょくのき)
生まれたときに信託を授かる樹。
自分の守護玉、力の強さなどを教えてくれる。
この樹は、春桜国の創立とともに植えられたと伝えられている。
2007/06/27 (Wed)
「話が弾んでいるところ失礼だが、あなたも少しは状況がつかめているようだが、これからどうする」
彼らの会話を見ていた紅簾が唐突に口を開いた。
「そうだな。まず鈴の名前を変えるか。そうしたらここから離れた方がいいな」
琉砂はところでと紅簾を見た。
「お前さんは誰だ?」
「紅簾」
一言で自己紹介を済ました紅簾をじっと見ると、琉砂はにかっと笑い紅簾の肩をばしばしと叩き、なにやら打ち合わせを始めた。
隣でその光景を眺めていた鈴は、いくら皇獣だと知らないとはいえ、あの紅簾にあんな風に接することができる琉砂に感心した。
紅簾は近くにいるだけでも威圧感を感じる。鈴と接しているときはいくらか柔らかくなるが、それでもつい姿勢を正してしまうような、そんな気配がその場に満ちる。
だが、紅簾と流砂がいると威圧感を感じない。
この二人、実は意外と気が合うんじゃないかな。
実際彼らはうなずいたり、意見を出し合ったりとこれからのことを話し合っている。
そんな彼らを見ていると微笑ましい感じはするが、自分ひとりだけ疎外感を感じるのは気のせいだろうか。
いや・・・・気のせいじゃない気がする。
だがそう思っていても、鈴にできることは何一つとしてない。
宙を掻くような、ただすり抜けるだけの感覚。別に何ともない。今までだって一人で耐えてきた。今まで何度も・・・・・
ふと気が遠くなった気がした。波が水辺に咲いた花をさらうように意識が遠のく。
それに抗うこともできずに、鈴はベットの上に倒れた。
ドサッ
そんな音を聞いて二人が振り返ると、鈴がベットの上に倒れていた。
紅簾が慌てて駆けつけ鈴を見てみると、彼女は規則正しい呼吸を繰り返していた。
「よほど疲れていたんだな。話は一通り聞いているが、何とも大それたことを仕出かす奴もいるんだな」
琉砂は、指にはめた植物を形どった指輪をくるくると回しながら呟いた。
そんな彼の言葉を聞きながら、鈴を抱き上げ、体勢がきつくならないようにそっとベットに寝かした。そして、その紅い瞳だけを琉砂に向けて、警戒するような口調で一言言い放った。
「あなたは人間としては、できるな」
一瞬、指輪を回すことを止めた琉砂の瞳には、鋭い光があった。
だがそれも一瞬のことで、すぐに悪戯っぽい笑みに変わった。
「もちろん、あなたはそれなりの腕があるだろう。だが、それだけでもないはず」
「そうだな。他の奴らに比べたら少し変っているかもしれないが、どうしてそう思った?」
「あなたは私達の居場所を知っていた。そして、この状況にあることも。ただの人間ではいくら鈴の存在を知っていたとしても、ここまで状況を知ることはできないだろう」
紅簾は確信めいたようなものを持ってはいたが、琉砂が黙っていたので目を細めた。
「無論、あなたは鈴に危害を与えない。そうでしょう?」
容赦ない紅簾の力を真っ向から受けて、琉砂は一瞬驚いたが、目をまっすぐ向けて答えた。
「当たり前だ」
すると紅簾は「さて」と何事もなかったかのように話を進めた。
「これからのことについて話し合おうか」
2007/04/30 (Mon)
「だが私の主はお前だけだ。何があっても変わらない。それだけは憶えておいてくれ」
紅く深い瞳に鈴は魅せられていた。暖かい、美しい紅い瞳に。
誰も悪いわけではない。
自分がこんな気持ちになってしまうのは・・・・・
紅簾の言葉は、不思議だった。自然と安心してしまう。
しかしその瞳は、今の鈴には胸を押しつぶすかのような感覚を与えるだけ。
あまりにも似ているから・・・・・
「どうした。まだ調子が良くないのならば休むといい」
鈴の戸惑いを感じたのか、紅簾は部屋から出て行こうとする。それを、鈴は反射的に紅簾の袖をつかんで止めていた。
「ご・・・ごめんなさい」
ぱっと手を離すと、紅簾は鈴の隣に腰を下ろした。
心細くなんてないはずなのに・・・・・・
恥ずかしくなって鈴が俯くと、ぽんぽんと頭を撫でられた。それが心地よくて懐かしくて鈴は紅簾の肩に体を預けた。
この温もりさえも兄と同じ。暖かい唯一の温もり。
「兄さま・・・・・」
口に出してしまうと、分かっていても悲しくなってしまう。
涙が溢れそうになって慌てて拭おうとすると、その手を紅簾が止めた。
「・・・・・泣いてしまえ。気が済むまで泣くといい」
その言葉が呪文だったかのように、鈴の目から次々と水晶のような雫が落ちた。
止まることを知らないように流れ落ちる涙は、紅簾の手に当たって砕ける。
「また・・・・泣いているのだな・・・・・・」
紅簾は砕けた涙を見つめながら、鈴に聞こえないように悔しそうに呟いた。
今の彼は鈴の傍にいることができる。――今までと違って。
そうだからこそ悔やんでしまう。傍にいるからこそ、守ることができなかったことが悔しくてたまらない。
「すまない」
「え?」
鈴は涙をぼろぼろと落としながら、紅簾の顔を見た。
「なんでもない」
やわらかく笑うと、左手で鈴の目を覆った。
「これからのことは、ゆっくり考えればいい。お前がどうしたいのか、何を望むのか、私はそのためにすべてを尽くそう。だから、気が済むまで泣いたら笑ってくれ。それが私の望みだ」
「うん」
それだけが彼の望み――
コンコン
鈴の涙が大分治まった頃、部屋にドアを叩く音が響いた。
「どうぞ。」
鈴が入室の許可を与えると、訪問者が部屋へと入って来た。
闇に溶けるような漆黒の髪を持ち、その瞳さえも夜のような黒。まるで夜そのものがそこにいるかのようだった。
「久しぶりだな。六年ぶりか。」
発せられた声には親しみがこもっていて、警戒心を抱かせない。
それゆえか紅簾も僅かに動いたものの、彼に傷を与える気はないようだ。
「・・・・・・・・」
鈴が黙っていると彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「・・・・まさか忘れたと言うのか。あの緑輝く森でのことを。俺はこの六年間一度も忘れたことなどなかったというのに。約束だって忘れなかった。」
そう言う彼の顔には見覚えがあった。
昔、何処かで・・・・・・
――なら約束だ。覚えていろよ、鈴。
記憶と目の前にいる男の姿が重なる。その瞳は昔と変わらずに。
「琉砂・・・・・?」
そう言うと琉砂は朗らかに微笑んだ。
昔たった一人だけの秘密の友達がいた。
鈴が一人で森へ散歩に出かけたとき彼は狩をしており、鈴を獲物と間違えて矢を放ち、矢は外れたものの鈴は湖へと落ちてしまった。
それを琉砂はあわてて助け、いろいろと世話を焼いたのだった。
その時、鈴が自分は誰にも知られない皇女ということを言ってしまったが、琉砂は誰にも言わないと約束してくれた。
そして、友達になってやると。誰も友達がいないのなら友達になってやると言った。
もう一つの約束とともに。
「どうしてこんな所に琉砂がいるの。確かあなたの家は遠いはずよね」
「ああ。だが久しぶりに鈴の顔を見ようかと思って着てみたら屋敷にはいないし、どうしたんだろうと城に忍び込んでみたら、怪しげな気配が漂っていたんでな。これは何かあったんだろうと思って少し調べたんだよ。そしたらここに着いたってわけさ」
「城にって、危ないわよ。それにそんな簡単に私の居場所って見つかるわけ?」
「いや、俺にはちょっとした情報網があってそれを利用した。これでもかなり探したんだぜ。」
自慢げに彼は言う。
その様子を紅簾は静かに傍観していた。
2007/04/26 (Thu)
これは小説が進んでいくごとに随時変わっていきます。
*鈴(すず)
この物語の主人公。16歳。
春桜(しゅんおう)国の皇女。
兄である怜悧よりも力が強いために、存在しないことになっている。
皇獣は紅簾。
*紅簾(こうれん)
鈴の皇獣。19歳。
人の姿になったり、獣の姿になったりする。
鈴のことを第一と考えている。
*怜悧(れいり)
鈴の兄。18歳。
春桜国の皇太子。
鈴を守ろうと考えていたが、自分の皇獣である翠楼に自我を抑えられ、鈴を殺そうとした。
*妖花(ようか)の翠楼(すいろう)
怜悧の皇獣。23歳。
怜悧を操り、何かを企んでいる。
獣のときの姿は鳥のようだが・・・・・
*琉砂(りゅうさ)
鈴の秘密で唯一の友。18歳。
鈴と二つの約束をしており、かなり凄い情報網を持っている。
腕もなかなかのもの。
今のところこのくらいでしょうか。そのうちにどんどん増えていきますので、気長に付き合ってくでさると嬉しいです。