2007/11/04 (Sun)
俺達の夢にはね、自分の願いが映るんだよ。
鈴の夢にはきっと・・・・・・
「・・・・・?」
鈴がゆっくりと瞼を開けると、紅簾が覗き込んでいた。
「起きたか」
「こっ紅簾!」
「ん?なんだ」
目覚めて、いきなり紅簾の顔は辛い。
鈴は顔が熱くなるのを自覚した。
彼の顔は一言で表すことが出来ないほどに綺麗なのだ。正しく無駄というものがない。
「いえ・・・なんでもない。琉砂は?」
自分で言って気付いたのだが、琉砂の姿が見えない。
「彼なら情報収集をするために出ている。今の状態では彼が適任だろう」
「そう」
自分が寝ている間に、彼らは動いてくれていたのか・・・
「ごめんなさい」
「どうして謝る」
紅簾は謝る理由が分からないと首を傾げる。
「だって、私だけ寝てしまって・・・・こうなっているのも私が原因なのに」
こうなっているのは自分のせいだ。紅簾も琉砂も巻き込まれただけに過ぎない。それなのに、自分は何も出来ていない。ただ彼らに守られているだけ。
トス
紅簾は鈴の頭を軽く叩いた。
「今、我々のことを、巻き込まれただけだと思っただろう。言っておくがそれは違うぞ。私は鈴の皇獣として、紅簾として、鈴を守り願いを叶えるためにここにいる。琉砂の方は鈴との約束のためにここにいる。私達は自ら望んでここにいるんだ。」
紅い瞳が優しい色を映し、鈴は無意識のうちにそっと息を吐いた。
「ありがとう」
今の自分がしなければならないことは、謝ることではなく、礼を言うこと。自分を支え助けてくれる者達に、心からの感謝をすること。
バタン
「お。起きたな。体は回復したか」
扉を開けて爽やかに入ってきたのは、両手に食材の紙袋を持った琉砂だった。
「さて、鈴が起きたところで食事にしよう。お前達、しばらく食べてないだろうからな。状況報告はそのあとだ」
鈴達が何も言えないまま固まっているうちに、琉砂は調理場に立ち、よく磨きあげられた包丁を手に取った。
――その後の琉砂は凄かった。
てきぱきと色とりどりの野菜と肉を切り、温め油をひいた鍋で、切った肉を炒めながら隣でミルクを温め、それに砂糖を少し加えたものを鈴に出し、肉に火が通ったところで鍋に水と野菜を入れ、約五分間煮込む。その間に皿とパンを準備し、果物をテーブルのかごの上に置く。野菜に火が通ったら、塩やハーブなどを加え味を調え、準備しておいた皿に盛り付ける。最後に荒引きのコショウを少々かけて出来上がり。
まるで野菜が自ら踊っているような手際の良さに、鈴と紅簾は目を見開いたまま動くことができなかった。
「すごい・・・・・」
鈴がただ呆然と言葉を呟くと、琉砂は困ったように笑った。
「そうだな。家事をやらない姉貴がいると、料理も手際もよくなるさ」
「お姉さん?」
「これから嫌でも会うことになるよ。大丈夫。全力で守るから」
いったい何から守るのかは不明だが、せっかくの料理が冷めてはもったいない。
「「いただきます」」
そおっとスープを口に運ぶと、ハーブのすっきりとした香りと、さっぱりとしているのにどこかコクがある味が口の中に広がった。
「おいしい・・・・・」
「確かに」
二人の感想を聞いて、琉砂は嬉しそうに笑った。
「そうだろう。肉を一度焼くことによって、肉のうまみを封じ込め、味付けの塩で野菜本来の味が生かされる。更にハーブを入れることにより食欲も出る。コショウはコクを引き立てるために使うんだ。試行錯誤を繰り返し、やっと完成した自信作だ」
自身満々に胸を張る琉砂を片隅で捉えながら、鈴と紅簾は食事を進める。
「うん。お店で出せそう。屋敷の料理よりおいしいかも」
「それはなんとも最高なほめ言葉だな。今まで料理を研究してきた甲斐があった」
この暖かな時間は一人では作れない。
心を許せる者がいるからこそ、進んでいける。
自分の大切なものを、求めるものを、そっと心にこめて、自らの決意を示す。
2007/07/02 (Mon)
降り行く涙は大地へと
届かぬ声は風に乗り
果て無き空へと舞い戻る
尽きぬ願いは水底に
積もりつもりて心となる
叶わない願いほど、叶えたいと思ったことはありませんか?
そんな人間は、その結末に何を手に入れるのでしょうね。
2007/06/30 (Sat)
*皇獣(こうじゅう)
春桜(しゅんおう)国の皇族に仕える、異世界の獣。
だが誰にでも召喚できるわけではなく、それなりの力を持っていなければならない。
皇獣でも紅玉・青玉・翠玉・黄玉・水玉と種族があり、それぞれ得意とする属性がある。
一度こちらの世界に召喚されてしまうと、もう元の世界に戻ることができず、人よりも長い時間を生きるので、
少々主に依存してしまう場合がある。
*珠玉の樹(しゅぎょくのき)
生まれたときに信託を授かる樹。
自分の守護玉、力の強さなどを教えてくれる。
この樹は、春桜国の創立とともに植えられたと伝えられている。
2007/06/27 (Wed)
「話が弾んでいるところ失礼だが、あなたも少しは状況がつかめているようだが、これからどうする」
彼らの会話を見ていた紅簾が唐突に口を開いた。
「そうだな。まず鈴の名前を変えるか。そうしたらここから離れた方がいいな」
琉砂はところでと紅簾を見た。
「お前さんは誰だ?」
「紅簾」
一言で自己紹介を済ました紅簾をじっと見ると、琉砂はにかっと笑い紅簾の肩をばしばしと叩き、なにやら打ち合わせを始めた。
隣でその光景を眺めていた鈴は、いくら皇獣だと知らないとはいえ、あの紅簾にあんな風に接することができる琉砂に感心した。
紅簾は近くにいるだけでも威圧感を感じる。鈴と接しているときはいくらか柔らかくなるが、それでもつい姿勢を正してしまうような、そんな気配がその場に満ちる。
だが、紅簾と流砂がいると威圧感を感じない。
この二人、実は意外と気が合うんじゃないかな。
実際彼らはうなずいたり、意見を出し合ったりとこれからのことを話し合っている。
そんな彼らを見ていると微笑ましい感じはするが、自分ひとりだけ疎外感を感じるのは気のせいだろうか。
いや・・・・気のせいじゃない気がする。
だがそう思っていても、鈴にできることは何一つとしてない。
宙を掻くような、ただすり抜けるだけの感覚。別に何ともない。今までだって一人で耐えてきた。今まで何度も・・・・・
ふと気が遠くなった気がした。波が水辺に咲いた花をさらうように意識が遠のく。
それに抗うこともできずに、鈴はベットの上に倒れた。
ドサッ
そんな音を聞いて二人が振り返ると、鈴がベットの上に倒れていた。
紅簾が慌てて駆けつけ鈴を見てみると、彼女は規則正しい呼吸を繰り返していた。
「よほど疲れていたんだな。話は一通り聞いているが、何とも大それたことを仕出かす奴もいるんだな」
琉砂は、指にはめた植物を形どった指輪をくるくると回しながら呟いた。
そんな彼の言葉を聞きながら、鈴を抱き上げ、体勢がきつくならないようにそっとベットに寝かした。そして、その紅い瞳だけを琉砂に向けて、警戒するような口調で一言言い放った。
「あなたは人間としては、できるな」
一瞬、指輪を回すことを止めた琉砂の瞳には、鋭い光があった。
だがそれも一瞬のことで、すぐに悪戯っぽい笑みに変わった。
「もちろん、あなたはそれなりの腕があるだろう。だが、それだけでもないはず」
「そうだな。他の奴らに比べたら少し変っているかもしれないが、どうしてそう思った?」
「あなたは私達の居場所を知っていた。そして、この状況にあることも。ただの人間ではいくら鈴の存在を知っていたとしても、ここまで状況を知ることはできないだろう」
紅簾は確信めいたようなものを持ってはいたが、琉砂が黙っていたので目を細めた。
「無論、あなたは鈴に危害を与えない。そうでしょう?」
容赦ない紅簾の力を真っ向から受けて、琉砂は一瞬驚いたが、目をまっすぐ向けて答えた。
「当たり前だ」
すると紅簾は「さて」と何事もなかったかのように話を進めた。
「これからのことについて話し合おうか」