忍者ブログ
2007/02/11
[202] [201] [200] [199] [193] [188] [186] [185] [184] [183] [182]

2025/04/21 (Mon)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2009/03/17 (Tue)

『貴方を待ち続けましょう・・・』






月を映す湖。
その静かなる水面に波紋が広がり、止まることを知らぬように水岸へとたどり着く。
辺りの木々達は、静寂を守るように沈黙を続けていた。

「・・・・・・白麗(ハクレイ)」

男の声が風に溶ける。

その瞬間から、ここは神聖な場所となる。

水面の月が揺れ、湖自体が淡く光りだす。
男はそれに驚くことなく、ただ前を見つめている。
まるで、愛しいものを見るように。

湖の中央に現れたのは、1頭の鹿。
その身に纏いし白を月の光で白銀に染め、揺らぐことのない碧い瞳に男を映す。
どこまでも白く、美しいそれは水に沈むことなく、ゆっくりと男の方へと歩いてゆく。

鹿が男の前まで来ると、男はそっと手を伸ばし、鹿の頬に触れた。

「・・・白麗」

白麗と呼ばれた鹿は、その声に嬉しそうに目を細めて、男の手から離れた。

『・・・久しいですね、黒醒(コクセイ)』

鈴を鳴らしたような声が男、黒醒の頭に響く。
黒醒は懐かしむように笑いながら碧い瞳を見つめた。

「・・・あれから、三百年は経ったからな」

『・・・・・・もう、そんなに経ちましたか』

「ふっ、お前は眠っていたから、あまり感じないないだろうがな。人の世は変わったぞ」

『その様子だと、貴方は相変わらず、人に紛れているようですね』

くすくす、と響く音色が心地よく、自分とは正反対の白が、何よりも愛おしい。
三百年など、彼らにしてみれば大した時間ではない。
しかし、例えそうであっても、この穢れのない白が傍らに居ないことは苦痛でしかなかった。

それでもなお、人に混じるのは――


『私を、守って下さったのでしょう?』

この場所が、以前と変わっていないことがその証拠。

愛しい白の場所を守るためには、人として生きるほかなかった。
穢れに弱い白麗を守るために。

『・・・すみません。貴方に、苦労をかけてばかり・・・・・・』

「・・・・・・今更だな、白麗」

苦しそうな白麗に笑ってやる。

「人に紛れるのは、お前を守るためでもあるが、観察してみると、人というのもなかなか面白い生き物だよ。弱いくせに、変なところで強い。喜びや愛情、悲しみ、憎悪。様々な感情があの小さな器に入っているんだ。

 穢れも強いが・・・あれらの観察も悪くない」

だから、気にするな。

『・・・・・・はい』

泣きそうな声で返事をする白麗に、愛おしさが増す。
白麗の頭を抱き寄せ、額に優しく口付ける。

目を閉じ、互いに額を合わせれば、すべての感覚が満たされていくのを感じる。

『・・・夜が、明けます』

空は白み、あと少しすれば朝日が差すことが知れる。

『行くのですか・・・・・・?』

碧の瞳が紅の瞳を見つめ、そっと腕に擦り寄る。
それを優しく抱きとめて、黒醒は苦笑した。

「・・・行かねばなるまい。この場所を穢されては堪らんからな・・・・・・お前と、俺の場所だ」

黒醒は名残惜しげに腕を放し、顔に笑みを浮かべる。

「また来る」

そう言って白麗に背を向けた。

『・・・黒醒!』

「?」

『次は・・・・・・次に来るときは、もっと早く来てください。三百年なんて・・・待たせないでっ』

「・・・ああ。お休み、俺の白麗。良い夢を・・・」

『お気をつけて・・・・・・黒醒』

日の光が差すと同時に、白麗の姿は薄れ、次第に消えていく。

・・・待っています。

姿が消える直前にかすかな音が響き、残ったのは水面の波紋だけだった。

「おやすみ」

優しく呟いて、黒醒の姿もまた、森の奥へと消えていった。



誰も知らない湖のある夜の物語。
PR
この記事にコメントする
NAME
SUBJECT
COLOR
MAIL
URL
COMMENT
PASS Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
03 2025/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
フリーエリア
最新CM
[12/26 尚]
[08/31 人]
[02/29 尚]
[05/20 尚]
[02/18 尚]
最新記事
最新TB
プロフィール
HN:
彩月 椿
年齢:
34
性別:
女性
誕生日:
1991/03/29
職業:
学生
趣味:
読書
自己紹介:
自然をこよなく愛し、たまに小説なんかを書くマイペースが自慢な人間です。
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(02/22)
(03/16)
(04/26)
(04/30)
(06/27)
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]
○sozai:グリグリの世界○ Template:hanamaru.