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2010/09/15 (Wed)

 その村には、古くからの言伝えがあった。

 『村を守る裏山には、神がいる』

 村が何かしらの災厄に陥った時、裏山に分け入れば、いつの間にか大きな木の下に立っているという。そして、その木に救いを求めると、村の災厄は去るのだと。
 興味半分で山に入ろうとすれば迷い、知らずしらずのうちに裏山の入り口にたどり着く。
何かに化かされたように、本当に困った時に心から助けを求める者しか、そこには行くことが出来ない。
だからこそ、村の者達は噂する。

――『裏山には、神がいる』のだと。
 
*   *   *
 
 穏やかな青に目を細め、暖かくなりつつある風を受けながら、若葉が芽吹く木々の間を一人の男が軽い身のこなしで進んでいく。
男は長い群青色の髪を後ろで結び、少しくたびれた鶯色の服の上に、裾の長い青墨の衣を羽織っている。
髪の間から見える梔子(くちなし)色の瞳は、真直ぐ前を見据えており、そこに宿る光は意志の強さを感じさせた。

雪解け水が小さな流れとなって木々の間を走り、待ち焦がれたように葉を伸ばす植物だけではなく、冬の間静かにしていた動物達が空腹を満たそうと、巣穴から出てくる。
賑やかになった山を横目に見ながら、男は逸る気持ちを抑えて山を登る。
山の斜面がそれほど急ではないといっても、大きな石や木の根で足場が悪いにも関わらず、男は疲れを感じさない足取りでどんどん奥へと入っていく。
すると、突然上り坂だった斜面が平地になり、周りを覆っていた木々が、その場所を囲むように拓けていた。
中央には樹齢何百年も経っているであろう一本の大きな橘があり、広く伸ばされた枝には他の木と同様に若々しい新芽を芽吹かせている。
男が先ほどまでとは違い、ゆっくりとした足取りで木に近付き、その雄大な姿を穏やかな瞳で見上げて口を開く。

「・・・――また、春が来たね。起きているかい、白琳(はくりん)」

 心地よい声が響き、優しく降り注ぐ日の光が風に揺られる若葉の間から、男の目を一瞬眩ませる。視力が戻ると、それまではいなかった一羽の雌黄の鳥が、枝に止まって緑青色の瞳で男を見つめていた。

「・・・ああ、起きておるぞ黒鵜(くろう)。久しぶりだのう。少し痩せたんじゃないか?」

 普通であれば喋るはずのない鳥が涼やかな声で話し出すが、男―黒鵜は驚いた様子もなく肩を竦め、苦笑気味に答える。

「それはそうだろう。最後に会ったのは、秋の暮れなんだから。冬を越せば、誰だって痩せる」

 自分には当たり前のことであっても〝彼女〟にとってはそうではない。
そして、その逆もまた然りである。
 そのことを良く知っている黒鵜は、腕を挙げて「来ないの?」と首を傾げながら言う。
 黒鵜の以前と同じ行動に、白琳は僅かに戸惑ったが、彼の表情がとても穏やかであるのを見て、美しい翼を広げる。

「くすっ・・・お主は変わったが、変わらぬ」

 白琳は黒鵜の腕に止まって言う。
 そのどこか嬉しそうな様子に、黒鵜も温かな気持ちになり、浮かべていた笑みを深めた。
 二人は久しぶりの逢瀬に会話を重ね、白琳は冬の間のことを話す黒鵜の話に聞き入っていた。

「あっねえ、白琳。君に渡したいものがあるんだけど」

「ん、何じゃ?」

 黒鵜が思い出したように、腰の帯に括り付けてあった袋から、紅い紐に水晶の飾りが付いた腕輪を取り出す。

「・・・・・・これは」

「綺麗だろう?僕が石を加工して、飾り紐は夕菜(ゆうな)が編んだんだよ。君のことを想いながら僕と妹の二人で作ったんだ。君は僕達兄妹の恩人であり友だからね」

 曇りのない水晶と鮮やかな紅に見とれていた白琳は、黒鵜の言葉に勢いよく顔を上げた。

 一年ほど前――黒鵜の妹である夕菜が病名の分からぬ病に倒れ、生死の境を彷徨う妹を助けるために、決死の思いで山に入った黒鵜の願いを叶えたのが白琳だった。
 傷や泥にまみれた姿でたどり着いた黒鵜の前に、赤朽葉と萌黄を合わせた着物を着た白林が姿を現し、黒鵜に数種類の薬草と己の涙を渡すと、それを煎じて飲ませるように言った。
 藁にも縋る思いで薬草を煎じ、与えられた涙を混ぜたものを夕菜に飲ませると、うなされる程だった熱が引き、翌日には意識を取り戻したのだ。
 弱くはあったが、その瞳に生命の光が宿っているのを見た瞬間、黒鵜は堰を切ったように涙を流した。
 夕菜の体調が安定した後、黒鵜は礼をするためにもう一度山に入った。そこで言い伝えにある「神」である白琳に迎えられ〝彼女〟が本当の「神」ではなく、長い年月を生きた橘の樹の精であることを教えられた。

 それからというもの、一人はつまらないという白琳の話し相手になるために度々山に入り、村のことや妹のことを話して聞かせた。
 しかし、冬の間は雪が深く、白琳も眠りにつくため、山に入ることが出来ない。
そこで、冬の間に黒鵜と夕菜が白琳の為にと心を込めて作ったのがその腕輪だった。

「さあ、人型になってくれないか。もちろん、受け取らないとか言わないよね?」

 うろたえる白琳に、満面に笑みを浮かべた黒鵜がやや首を傾げて言うと、白琳は「うっ」と言葉を詰まらせて視線を泳がせる。

「ほら、早く」

「・・・・・・・・・」

「いいじゃないか。何かが減るわけでもないし、ここには僕しかいないんだから」

「・・・。・・・・・・・・はあ」

 何かを言いたそうにしていた白琳がため息を付くと、黒鵜は勝ち誇った表情をして、気が変わらないうちにと白琳に背を向けた。
 僅かな静寂の後、地面を踏みしめる音がして後ろを振り向けば、鳥の姿のときの色彩を纏った白琳が、黒鵜と視線を合わせないようにした状態で佇んでいた。
 美しい緑青色の瞳が向けられていないことに不満を覚えたが、彼女の性格をよく知っているため、言葉もなしにその手を取って静かに腕輪をはめた。
 白琳の白い肌に紅がよく映え、黒鵜は満足げに笑った。

「・・・気に入ってくれた?」

 恥ずかしいのか、頬を赤く染めたまま言葉を発しない白琳に問うと、おずおずと視線をこちらに向けて、はにかむように微笑んだ。

「・・・・・・・・・ああ」

 腕輪をつけた手を抱くように胸に当てて「大切にする」と呟く。
 それを見た黒鵜は、今更ながらに照れくさい気持ちになり、前髪をくしゃりと掻き上げて目を細めた。
 
 穏やかな日差しの中、二人の間に笑みが消えることはなかった。
 
*   *   *
 
その村には、古くからの言伝えがあった。

『村を守る裏山には、神がいる』

 村が何かしらの災厄に陥った時、裏山に分け入れば、いつの間にか大きな橘の樹の下に立っているという。そして、その樹に救いを求めると、村の災厄は去るのだと。
 興味半分で山に入ろうとすれば迷わされ、知らずしらずのうちに裏山の入り口に戻される。
何かを隠すかのように、本当に困った時に心から助けを求める者しか、そこには行くことが出来ない。
そして、導かれた者だけが目にすることができるのだ。
美しい緑青の瞳と、紅が目を引く水晶の腕輪。『神』が愛しげに見る、季節を問わず橘の根元に咲き乱れる、梔子色の花を。
だからこそ、村の者達は噂する。

――『裏山の神は、梔子に恋をした』のだと。
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