2007/02/11
2010/01/26 (Tue)
* * *
駆けつけた昴は、落ちていく明星の手を咄嗟に掴む。
いつもは温かいその手が、氷のように冷たいことに息を呑む。
「・・・――す、・・・ばる・・・・・・?」
手に感じる温かさに反応して、明星が擦れた声で昴の名前を呼んだ。
「・・・っああ、我だ。あまりに遅いから、迎えに来た・・・・・・っ」
そう昴が言えば、明星は何も映していない目を細め、本当に幸せそうに微笑んだ。
「・・・・・・あぁ・・・もう、見えない、けれど・・・最期に、貴方がいる・・・・・・・」
「・・・最期ではない!前に、約束しただろう・・・っ」
「やく、そく・・・・・謝らな、ければ・・・いけません・・・っ・・・・・・わたし、は、もう、存在を・・・いじ、できないっ」
その言葉に、昴は強く首を振る。
「・・・・・駄目だ!もう少しなんだっ・・・・・もう少しで、契約の期限が来て、神が君を助けてくれるのに・・・っ」
熱を分け与えるように、強く、強く明星の手を握る。
しかし、明星の命は次第に小さくなっていく。
昴もそれを感じているが、信じないというふうに必死に手に力を込める。
「・・・神に・・・感、謝・・・しています・・・・・貴方と、出会い・・・共に過ごす、ことができた・・・っ。わた、しは・・・神の許に、還るけれど・・・・・・・こころはっ・・・ずっと、貴方に・・・捧げ、て――・・・・」
――ピシッ
涙を流しながら、明星は優しく微笑みながら言葉を紡ぐが、明星が身に付けていた橙色の玉に音を立てて亀裂が入ると同時にその声が途切れ、腕から力が抜けていった。
手を握っていた昴は、それに「・・・あああっ」と悲痛な声を漏らす。
「・・・っ、嫌だ・・・なぜ、何故なんだっ。こんなことは、あってはいけないんだ!・・・・・・君の玉が割れるなどっ・・・そうだろう!明星っ」
明星と亀裂が入った玉を見て、昴が涙を流しながら叫んだ。
守護者の持っている玉は、それぞれの力の源であり、存在を固定する力、即ち『命』である。
玉に亀裂が入った明星は、生きてはいるが目を覚ますことはない。
その玉に残った『命』が消え、玉が完全に砕けるまで眠り続けるのだ。
それは、生きながら死んでいると同じこと。
「明星・・・頼むから、我を一人にはしないでくれっ」
昴の慟哭も明星には届かない。
空に浮かぶ月は彼らの真上まで昇り、己の対を腕に抱き、涙を流し続ける守護者を照らす。
二人の間を吹き抜ける風が枝を揺らし、カサカサと葉が音を立て、風に耐え切れなかった葉が何枚か地面に落ちた。
全てを意識の外に追い出して悲しむ中、昴の意識に僅かな気配が触れ、伏せていた顔を上げると、光と闇の境界線に見知った姿を見つけ、昴は目を見開く。
「・・・・・・お前は!」
昴の反応に、それは微笑んだ。
* * *
闇を月が照らす中、黒いマントを羽織った男は山道を馬で駆けていた。
男の口元には歪んだ笑みが浮かび、今にも声を出して笑い出しそうな高揚感がその身を満たしている。
彼は与えられた使命を果たし、自分の崇める者の所へと戻るところなのだ。
「・・・・・・?」
自分の進行方向を何かが塞いでいるのを見つけ、男は速度を落とし、道の真ん中に立つ男に声を荒げた。
「おい、そこのお前!邪魔だ退けっ」
自分の声に反応せず、退けようとしないことが気に障った男は、提げていた剣を抜く。
それを見ても道に立っている男は薄っすらと笑うだけで、動こうとはしない。
怯えも見せない男に、男は剣を突きつけて叫ぶ。
「・・・っ、オレを誰だと思っているっ。そこを退けと言っているんだ!」
苛立ちを隠さないその言葉に、黙っていた男は「・・・クククッ」と笑い声を漏らす。
それで更に頭に血が上った男は、馬に乗ったまま笑い続ける男に切りかかるが、男は軽い動作でそれを避け、深い紅い瞳で馬上の男を見上げた。
「・・・誰、か。我が主の兄にして、己の闇に耐え切れずに邪神へと成り果て、世界を混沌に陥れようとし、哀れにも自らの弟の手によって封じられた神の狂信者。言うなれば、邪神を妄信している愚かなイヌだな」
「・・・・・・っ」
怒りで赤くなった顔を更に赤黒くさせながらも、向けられる紅い瞳に男は肩を震わす。
瞳に怯えの色を見せた男に、笑いながら男は話しかける。
「どうやら、作為的に『穢れ』を取り込ませることで、俺の同胞を消そうとしたようだが、残念だったな。あいつらには俺の対が行ったから大丈夫だろう」
使命を果たせなかったことを告げる言葉に男は歯を噛み締めるが、苦し紛れにも聞こえる言葉を吐き散らす。
「・・・たとえっ今助かったとしても、既に我が神は封印から目覚め、この世界を混沌と闇に堕とし、新たな世界を創るだろう!お前達の神など、力の衰えた枯れ木でしかないのだ!」
高らかに叫ぶ男に不愉快なものを見るような視線を向け、もう語ることはないと翳した手の中に黒い刃を出現させると、それを目前の男に放った。
「・・・ぐあっ」
「お前達の御託は聞き飽きた。何のために俺達がいると思っている。お前達の神などの好きにはさせないさ」
刃を受け、落馬した男を冷ややかに見下ろし、止めを刺そうと刃を振り上げた。
しかし、地に倒れた男が突然苦しそうに喘ぎだし、全身を痙攣させる。
禍々しい気配を感じた男は後ろに跳び下がり、油断なく刃を構える。
男の痙攣していた身体が動かなくなり、禍々しい気配が強くなると、男の身体が操られたように勢いよく起き上がり、刃を構えた男に向かってニタリと笑った。
『やあ、こうして会うのは初めてかな。我が弟の僕よ』
「・・・・・・邪神か」
『いかにも。まあ、それは君たちが勝手にそう呼んでいるだけだがね』
虚ろな瞳を細めて男――邪神は笑う。
傍にいるだけで侵食されそうな気を放ちながら、邪神は目の前の男を通して、弟である神を見ているようだった。
『永き時が流れ、我が封印は解かれた。お前の愛する世界を、我が壊してやろう』
邪神の声が喜悦に染まり、その身体が土塊となって崩れていく。
『楽しみにしていろ・・・冴皓(ここう)』
全てが崩れ落ちる直前に弟の名を呼び、邪神の気配は消え去る。
残された男は短く息を吐き、持っていた刃を消して、緊張していた身体をほぐした。
「・・・はあ、これからが大変だな」
土塊に背を向け、男は同胞の許へ行くために闇の中に静かに姿を消した。
* * *
昴は目の前で明星を手当てしている人物を、じっと見つめた。
白い髪と碧い瞳は昔と何一つ変わらず、減っていたはずの『命』も創られた頃と同じくらいに戻っているように感じる。
昴の視線など気にせずに、水晶の小瓶に入っていた水を玉と明星に飲ませ、明星の胸に手を翳して目を閉じた。
すると、暖かな白い光が明星を包み、緩やかな波動が昴にも感じられた。
「・・・・・・どうして、今更戻ってきたんだ。・・・――白麗(はくれい)」
昴は静かな声で、白麗に問いかけた。
その声に僅かに目を開き、柔らかく微笑むと鈴を鳴らしたような声が響く。
「・・・神が、それを願ったからです」
「神が・・・だと?」
「ええ、邪神の封印が説かれ、世界は再び混沌の時代へと入るだろう。その時、私達の力が必要になる。だから、この子と貴方を助けてくれ、と」
「困った方です」と白麗はため息を吐いた。
昴は黙ったまま、明星に視線をやる。
白い光と水が、少しずつ明星の玉に入った亀裂を修復していく。
「・・・・・・助かった。ありがとう」
「・・・くすっ、いいえ」
突然の感謝の言葉に、白麗は僅かに驚いたものの、少しだけ笑ってそれに答えた。
対を失う恐怖は、皆同じなのだから。
「・・・おお、やってるな。どうだ、白麗」
闇から現れたのは黒衣を纏った男。
濡れ羽色の髪に赤い瞳を持ち、右腕に黒い玉を結わい付けている。
その姿に、昴は再び目を見開いた。
「・・・・・・黒醒(こくせい)!」
「おう、久しぶりだな、昴」
軽く手を上げながら「元気だったか」と聞かれ、軽く殺意を覚えた昴だったが、白麗が黒醒を鋭く睨み付けたので、大人しく黙っていることにした。
案の定、白麗が静かな声で黒醒の名を呼べば、黒醒の肩がびくっと揺れる。
「・・・どの口が『元気だったか』なんて言えるのですか!彼らに負担を掛けたのは私達だというのにっ」
「・・・・・・それは、お前が限界だったから仕方なくであって・・・・っ」
「黙りなさい」
「・・・・・・・・・・はい」
白麗の剣幕に押され、黒醒は小さくなった。
そんな光景でさえ随分と久しぶりで、早く明星の目が覚めることを願った。
「・・・これでいいでしょう。しばらく寝ていれば、じきに目を覚まします」
白麗はそう言って、明星に翳していた手を退けた。
見れば、白麗と黒醒が話しているうちに玉の亀裂はなくなり、鮮やかな橙色を宿していた。
「・・・・・・明星」
昴は明星の身体を起こし、温かい身体を優しく抱きしめる。
その温かさに自然と涙が流れ、一つひとつと大地を濡らしていく。
それを見ていた二人は、互いに顔を合わせて微笑み合い、白み始めた空を見上げた。
「さあ、帰りましょう。私達の場所へ」
今度は、四人で世界を支えるために。
互いを想う世界の守護者の物語
* * *
黒醒を通して一部始終を見ていた神は、彼らの様子にほっと息を吐いた。
今まで何もしてやれなかったことに罪悪感を抱くが、邪神のことを考えれば仕方がなかったのだ。
邪神――己の兄である神。
闇に堕ちてなお、その存在感と美しさは変わらない。
『楽しみにしていろ・・・冴皓』
兄の声が甦る。
もう誰も呼んではくれない名前を呼んでくれる兄。
兄に呼ばれたとき、いけないと知りつつも嬉しかった。
唯一人の家族で一番の理解者だった。
だからこそ、遠い昔に兄が闇に堕ち、邪神となったときも殺すことが出来ずに封印したのだ。
けれど、力の衰えた今の自分では、兄を封印することさえも出来ないだろう。
――兄か自分か、どちらかしか存在することができないというのなら・・・
「・・・兄さん――瀏夜(りゅうや)」
私は、貴方を――・・・
神の小さな呟きは、誰にも届かない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっと・・・やっとです。
元旦に載せると言っておきながらこれです。
まったくもって信用ならない・・・・・・
そして、終わりが中途半端とか(泣)
反省しています・・・もっと上手く書けるようになりたいです。
神の小さな呟きは、誰にも届かない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっと・・・やっとです。
元旦に載せると言っておきながらこれです。
まったくもって信用ならない・・・・・・
そして、終わりが中途半端とか(泣)
反省しています・・・もっと上手く書けるようになりたいです。
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2009/12/24 (Thu)
太陽が紅く染まる頃、村の祭殿の広場には多くの村人が集まっていた。
石で造られた祭殿の周りには篝火が焚かれ、長い階段の先には鹿の形をした白い岩を紅く染め上げている。
村人に見守られるように、薄紅色の衣装を纏い、白い花束を持った陽香が一歩一歩階段を登っていく。
陽香の顔は緊張しているようだったが、足取りはしっかりしていたので、露木は安心したようにほっと息を吐いた。
その様子を見ていた明星は苦笑したが、ふと何かの気配を感じて、視線を上げた。
「・・・・・?」
辺りを見回しても、先ほどの気配を感じることはできない。
明星は気のせいかと思い、陽香が近付いていく祭壇へと視線を向けたが、そこで自分の感覚に何かが引っかかるのを感じた。
その感覚を見極めるように、じっと祭殿を見つめると、夕日に照らされた玉が光を反射して、明星の視覚を貫く。
「・・・露木さん。あの祭壇の鹿にはめ込まれている玉は元々あの色でしたか?」
鹿の岩の額にあたる部分には、深い藤色の玉がはめ込まれており、花を捧げた後、その玉に触れるのが慣わしだと明星は聞いていた。
明星は何故か、その玉のことが気になって仕方がなかった。
「え・・・そう言えば、昔はもっと色が薄かった気がするわ。祖母の頃は赤みが強かったと聞いているけれど・・・・・」
陽香を見ていた露木は、脈略のない明星の問いに戸惑い気に答えた。
それに明星が違和感を覚えていた頃、祭殿に辿り着いた陽香は祝詞を述べ、花束を祭壇に置くと、鹿の額にゆっくりと手を伸ばした。
手の影になった先の、殆ど黒に近い藤色の中で、何かが蠢くのが明星の目に映った瞬間、感じていた違和感が答えとなって明星の身体を駆け抜けた。
「・・・・・っ、いけない!」
瞬間的に明星は叫び、階段へと駆け出し村人に止められそうになるが、それは少女の甲高い悲鳴で遮られた。
「――きゃあああああっ!」
「・・・陽香っ!」
陽香は玉に手を付けたまま背を反らし、目をいっぱいに開いて悲鳴を上げる。
それを目に捉えて、明星は階段を駆け上がりながらも、叫ぶように少女の名前を呼んた。
広場では、祭壇にいる少女の身に起こっていることが分からないまま、その悲鳴が伝染するように広がっていく。
底の知れない恐怖に侵された中、逃げ惑う村人を押しのけて、悲鳴を上げる娘の許に向かおうと、露木自身も恐怖に支配されそうになりながら、必死に娘の名前を呼ぶ。
「・・・よ、うかっ・・・――陽香!」
そう、自分はあの子の母なのだ。
今はもういない、愛しいあの人と私の大切な宝物。
失うことなんてできない。
例え、自分の命と引き換えだとしても、あの子だけは守らなければ――・・・
露木はその思いだけを頼りに、人の波の中を進んだ。
風が駆けるくらいの速さで階段を上がりきり、祭壇へと辿り着いた明星は、悲鳴を上げ続ける陽香の小さい身体を抱きしめ、その身を侵す『穢れ』を自分の方へと引き寄せる。
「・・・――っ」
長い年月をかけて玉に溜まった濃い『穢れ』を受けて、明星まで悲鳴を上げそうになるが、唇を噛み締めて耐える。
「きゃああああっ――イヤ、だっ・・・・・・たすけてえ!お母さんっ!」
叫びながら少女が流す涙が、大地へと染み込んでいく。
少女の声を聞きながら、明星は噛み締めた唇から血の味を感じたが、それを無視して少女と玉から『穢れ』を引きずり出す。
全身を貫くような鈍い痛みを感じながら思うのは、大切な青を纏う対との約束のこと。
いつの日かに交わした、一人にはしないと、共に生きるという約束。
互いに、いつまでも共にいることを信じていた。
しかし、その約束は守れそうにはない。
元々限界が近かった身体に、これ以上の負荷をかければ、明星の命が費えることは明らかだ。
それでも、明星は守護者であり、この少女を母親の許に帰してあげたかった。
「・・・・・・ごめんなさいっ、昴――」
守護者の頬に、涙が一筋流れた。
* * *
「・・・――明星?」
白い花が咲き乱れる木の下で眠っていた昴は、愛しい対の声が聞こえた気がして目を開けた。
太陽は地平線に消え、夜の帳が訪れているというのに、明星は帰ってきていないようだった。
今日は、久しぶりに赤毛の少女に会いに行くと言っていたので、戻ってくるのが遅くなるかもしれないとは思っていたが・・・・
――姿が見えないだけでこれか。
昴は自分に苦笑をこぼす。
だが、何故だろうか、この不安が拭いきれない。
強くなる焦燥感が、胸を焼く。
「・・・・・・無事に帰ってきてくれ、明星」
昴は祈るように星空を見上げ、闇の中へと裾を翻す。
彼の姿が消えた後には、冷気を纏った風に散らされた花びらが舞い落ちた。
* * *
明星は荒れ狂う『穢れ』の波を押さえ込み、少女の中にその色が少しでも残らないように注意を払う。
粗方の『穢れ』を取り除くと、少女の瞳には僅かに自我の光が浮かび、明星は残り少ない力を使って少女と玉の『穢れ』
を取り込んだ。
「・・・――うっ」
明星は全てを終えると、腕に抱いた陽香と共に崩れ落ちた。
今までとは比べようがない程の痛みに、荒い呼吸を吐きながら明星が耐えていると、息を切らした露木が駆けつけ、泣きながら娘の名前を呼ぶ。
「・・・・・・お、かあさん?」
明星が陽香を離すと、弱々しく反応した娘を掻き抱いて、その名前を繰り返し呼ぶ。
「・・・露木、さん」
露木は、真っ青な顔で息を押し殺す明星に気付き、慌てて明星の身体も支えようとするが、それを首を振ることで断り、「早く」と階段を指で示す。
「・・・この場の『穢れ』は、すべて、取り除きました・・・・・・しかし、その子は幼い。早く、休ませてあげなさい・・・・・・・・・」
「え・・・なっなら、明星さんも・・・っ」
今の明星の状態は、呼吸が荒く額に汗を浮かべているのにかかわらず、血が通っているとは思えないほど顔色が青白いため、どう見ても具合が悪そうだった。
それでも、明星は露木の手を拒む。
「・・・・・・私に、構う必要はありません」
「・・・・・・でもっ」
なおも言い募ろうとする露木に、鋭い目を向けて怒鳴る。
「――早くしなさい!貴女は、その子の母親でしょうっ!」
「・・・――っ」
『母親』という明星の言葉に露木は肩を揺らし、心配そうに明星を見た後、陽香を背に背負うと、足早に階段を降りていった。
二人の姿が見えなくなったことを確認して、明星は力を振り絞り歩き出す。
座り込みそうになりながらも、引きずるように少しずつ足を進め、森の奥へと入っていった。
森の中は静まり返り、所々に木々の間から漏れた月明かりに照らされている。
そして、木々が円状に開けた場所まで来ると、限界を訴えていた身体が、糸が切れたように崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・」
夜空を見上げ、霞んでいく世界に手を伸ばした。
木々に囲まれた空に散らばる星々は、何かを語るように瞬きを繰り返し、明星を見下ろしている。
「・・・・・・昴」
暁が明星ならば、黄昏は昴。
決して交わることない時間を表す自分達だが、暁や黄昏がなければ昼や夜は来ないのだ。
そして、今見上げている空は夜であり、時間で表すならば昴の領域だろう。
今の明星にとって、それは愛しく、悲しいことだった。
「・・・ああ、貴方に・・・最期は、貴方にいて欲しかっ・・・・・・た・・・」
彼との約束を守れない自分にはそんな権利はありはしないけれど、やはり最期は自分の対に傍にいて欲しかった。
明星の意識がゆっくりと沈んでいく。
閉じられた瞳から涙が流れ、空に伸ばしていた腕が落ちる――・・・
「・・・――明星!」
* * *
焦燥感を消すことが出来なかった昴は、明星がいるであろう村に駆けた。
そこで見たのは、夜の静けさに包まれた村ではなく、異常に浄化され、混乱の続く人々の姿だった。
「・・・おいっ、ここで何があった!」
近くにいた村人の肩を掴み、強く揺さぶると、ゆるゆると目の焦点が昴に向けられる。
「・・・わっ分からないんだ。今日は、祝いの儀式で・・・・露木のとこの娘が、花を捧げて、玉に触ったら・・・いきなり悲鳴をあげて・・・・・・っ」
昴は、村人の状況を理解していない様子に舌打ちをし、人が多い場所へと足を向けようとした。
「・・・っ、あのっ。明星さんの大切な方ですか!」
振り向けば、子供を背負った泣きそうな女が息を切らして立っていた。
聞きなれた明星という名前に、昴は女に詰め寄る。
「明星を知っているのか!」
「はっはい。この子を助けていただきましたっ。・・・でもっ、とても苦しそうでっ。今にもっ・・・・・し、死んでしまいそうで。明星さんを、助けてください・・・っ」
女に背負われている少女を見れば、それが明星が言っていた赤毛の少女だということに気付く。
精神の限界が来たのか、ぼろぼろと泣き出した女に「明星はどこにいる!」と問えば、震える指で祭殿を示した。
「――明星っ」
僅かな時間さえも惜しく、昴は全速力で明星がいるであろう祭殿に駆ける。
長い階段を上り祭壇に着くと、そこには明星の姿はなく、辺りに満ちたよく知った気配と、森へ続く何かを引きずった跡だけがあった。
「・・・・・・森へ行ったのかっ・・・明星、頼むから――」
気配を辿るように木々の間を駆け抜ければ、月明かりの照らす中に、求めていた姿があった。
しかし、空に伸ばされていた手が力を失ったように落ちていくの見ると同時に、昴の背を氷塊が滑った。
どうしようもない程の、不安と焦燥感が身体の中に満ちて、抑えきれない分が口から溢れた。
「・・・――明星!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
意外と長かったので、分けました。
残りは元旦辺りに載せようかと考えています。
・・・・・・にしても、文章力がないですね(泣)
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意外と長かったので、分けました。
残りは元旦辺りに載せようかと考えています。
・・・・・・にしても、文章力がないですね(泣)
2009/12/11 (Fri)
――『穢れ』それは心の闇
神が創造した光溢れる美しき世界には浄化の役目を持つ守護者がおり、守護者は四柱で二対を配している。
そして、それぞれが対称の《陰》と《陽》に属することで、互いの存在を高め合い安定させていた。
そして、それぞれが対称の《陰》と《陽》に属することで、互いの存在を高め合い安定させていた。
しかし、世界は長い年月が経つにつれ、負の気から生まれる『穢れ』に侵されていく。
欲に溺れた人間達によって『穢れ』は守護者達の浄化が間に合わないほどに増殖し、それはやがて彼らの命を削ることになった。
それでも守護者達は己の役目を負い続けたが、やがて二対のうち一対が対の命を守るために役目を放棄し、世界の均衡は残された一対によって保たれることとなる。
現在、世界を守るは《陽》に属し【西】の性を持つ橙の『明星(あけぼし)』。
そして《陰》に属し【東】の性を持つ青の『昴(すばる)』である。
* * *
日が昇り、世界が光に満たされれば、そこは《陽》の領域になる。
穢れを浄化させるような青を広げる空に鳥達のさえずりが響き、緑に覆われた森には白や黄色、紫といった様々な色の花が咲き乱れている。
木々の隙間から差し込む光は柔らかく、森の小道を歩く者を優しく包み込んでその道を照らしているようだった。
「・・・・・・風に誘われ 光を導こう 願いを空に捧げ 輝く命に唄を奏でよう」
腰に橙色の玉を提げ、切り株に座り目を閉じた明星が、暖かさを感じさせる唄声を響かせると、どこからか動物達が集まり、広場のように切り開けた場所は多くの動物でいっぱいになった。
腰まである甘栗色の髪を日の光が金色に変え、澄んだ琥珀色の瞳は優しく集まった命を見ている。
「・・・神の御許に集いし魂よ 清らかなる心を保ち 安らかなる眠りと安寧を 授けよう・・・・・・」
唄っている自分の膝に乗ってきた兎に微笑んで撫でながら、その身に取り込まれている『穢れ』を自分の身の内に引き入れる。
明星はその感覚に僅かに眉を顰めるが、『穢れ』の全てを引き受けると、すぐに別の動物の『穢れ』を取り除いていく。
それを数刻続け、最後の一匹が終わると早い呼吸を落ち着けるかのように、身体を丸めて蹲った。
「・・・・・・・グルルルルル・・・」
額に冷や汗をかいている明星の様子を見た灰色の狼が、鼻面を顔に寄せて心配そうに唸る。
それに大丈夫だから、とかすれた声で返し、未だに落ち着かない呼吸を目を閉じてゆっくりと数えた。
しばらくそうしていると、心配した動物達が明星の周りに集まり、己の温もりを分け与えるかのように体躯を寄せて、明星の不安定な身体を支える。
「・・・はあ・・・・・・ありがとうございます。もう大丈夫、です・・・――貴方達も、私の心配をしていないで早く住処へ帰りなさい。・・・・・・もうすぐあの子がここに来てしまいます」
まだ明星の下に残っていた動物達は、心配そうな視線を向けながらも、これ以上明星の負担にならないようにと静かに森の奥へと帰っていく。
そんな中、先ほどの狼は地面に座り、じっと明星を見たままその場を動こうとしなかった。
「・・・・・・どうしたのですか?」
不思議に思った明星がそう問いかければ、狼は明星に向かって頭を下げた後、空にひと吠えして、他の動物達と同じようにその姿を森の奥へと消した。
明星は驚きを隠せないまま、狼が去っていた方を見つめ、しばらくして僅かに口元に笑みを浮かべた。
「・・・――あの狼はこの森の長でしたね。
ふふ・・・・・・礼など、世界の守護者である私には必要ないというのに・・・まったく、私達の眷属は――」
泣き笑いのようになりながら、明星は天に祈る。
神よ、私達の主よ。どうかこの世界に光をお与えください。あの者達の輝ける命が苦しむことのないように・・・闇に捕らわれることのないように――・・・
祈りは、どこまでも美しい切なる願い。
* * *
神に祈っていた明星は、近づいてくる気配に閉じていた目をゆっくり開けた。
まだ日は昇ったばかり。
与えられた役目はまだ残っている。
明星は気持ちを切り替えて、待ち人を迎えるために立ち上がり、目眩がしないことを確かめると、気配のする方へと歩き出す。
「・・・あけぼしさん!」
元気な声と共に駆けて来たのは、まだ年端のいかない少女。
少女は、肩を少し越した赤毛の髪を左右で三つ編みにし、その大きな瞳は太陽の光を受けて、朝露に濡れた新緑の葉のように輝いている。
明星は飛び込んできた少女に笑いかけ、優しく小さな身体を抱きしめた。
「・・・久しぶりですね。元気にしていましたか?陽香(ようか)」
「うん!」
明星に名前を呼ばれた陽香は嬉しそうに笑うと、明星の手を引いて「早く、早く」と歩き出す。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
いつもの速度で歩いている明星は、速く歩いているつもりの陽香を微笑ましく思いながら、その手に引かれるまま歩を進める。
陽香を見て、明星はふと気付いた。
前に会った時よりも、少し背が伸びただろうか。
――人の成長は、早い。
「陽香、貴女背が伸びましたね」
そう思ったことを明星が言うと、陽香は満面に笑みを浮かべて、軽いステップを踏む。
「そうでしょう!あのね、すぐにお母さんやあけぼしさんより大きくなるんだよ。そしたらね、お母さんのおてつだいをして、お母さんにおいしいものを食べさせてあげるの!」
「・・・・・・そうですか。貴女のお母さんは喜ぶでしょうね」
明るく笑う少女に、明星は思う。
この子の笑顔が曇らなければいいと。
今の世界に必要な穢れのない魂を持つ少女が、笑っていられればいいと。
思わずにはいられない。
「今日ね、あけぼしさんがくる日だから、お母さんがおかしをつくってくれるっていってたよ。だからね、早くいえにいかないといけないの」
「露木(つゆき)さんのお菓子ですか。あの方の作るものは美味しいですから、とても楽しみですね」
陽香の輝く笑顔に、明星は優しく笑い返す。
「うん!お母さんがつくるのはせかいでいちばんなんだよ。ようかももうすこし大きくなったらいっしょにつくろうっていってた」
「そうですか。そしたら、私にも食べさせて下さいね」
「うん。とってもおいしいのつくるね!」
「ええ、楽しみにしています」
手を繋ぎ道を歩いていると、木々が開け丘の上に出た。
その丘を下っていけば、朝の喧騒に包まれた村が見え、すれ違う村人に挨拶をしながら、二人はその外れにある家に足を運ぶ。
着いた家は色とりどりの花に囲まれ、開け放たれた窓からは、甘い匂いが漂ってくる。
「ただいま、お母さん!」
陽香が勢いよくドアを開けて家に入り、その後に明星も「おじゃまします」と言ってドアを閉めながら家の中に入る。
お菓子を作っていたらしい露木は、娘の声に振り向き、娘の後に家に入ってくる明星の姿を見つけると、陽香とよく似た顔に笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、陽香。いらっしゃい、明星さん」
「お久しぶりです、露木さん。お元気なようで安心しました。それに、相変わらず庭の花が綺麗ですね」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。さあ、娘が待ちきれないようだから、こちらへどうぞ」
露木は抱きついてきた陽香を抱きしめてから、明星をテーブルへと案内する。
テーブルは白いテーブルクロスの上に橙色の花と青い花が飾られていて、明星は無意識にそっとその花を撫でる。
「ふふ、綺麗でしょ。明星さん、うちに来るといつも青い花を見ているから、青が好きなのかと思って、さっき摘んでおいたのよ」
視線を一瞬露木に向けて、すぐに花に視線を戻すと、愛おしむように青い花を見つめる。
「・・・好き、そうですね。青は私の大切な人の色なんです」
明星のその優しい声と表情に、露木は僅かに息を呑んで明星に尋ねる。
「大切な人・・・それは、恋人?」
「・・・いいえ、いつも傍にいてくれる、何よりも大切な人です。言葉では言い表せないくらいに大切で・・・・・・きっと、どこにいても声が届くと思う程に」
「・・・・・・・・・・・」
黙る露木に「でも」と明星は笑う。
「くすっ・・・とても心配性なんですよ。普段は優しくて頼りになるのに、いじけるとぶすっとして、とても手が掛かる人なんです」
「・・・・そうなの」
明星が露木を見て笑みを浮かべれば、露木もそれを見守るように笑う。
その様子を眺めていた陽香は、こてりと首を傾げて明星を見上げた。
「あけぼしさんは、青がすきなの?」
「そうですよ」
「へぇー」
陽香と話していると、お菓子の様子を見るために露木が立ち上がり、奥へと姿を消す。
しばらくして、皿に綺麗に並べられた焼きあがったお菓子と湯気の上がるお茶を運んできた。
「お茶の時間には少し早いですけど、どうぞ。リンゴの焼き菓子と栗を使ったお菓子です」
「ありがとうございます」
お礼を言って小皿を受け取り、陽香の前にも取り分けたお菓子とお茶を置いてあげると、待ちきれないように瞳を輝かせて母親を見る。
「お母さん、たべていい?」
「ええ、いいわよ」
それを聞くと、陽香は大きな声で「いただきます」と言って、焼きたてのお菓子を口に入れる。
「どうかしら陽香。おいしい?」
露木がそう聞けば、陽香は頬に手を添えて何度も頷く。
「うん!とっても、とってもおいしいよ、お母さん!」
「それはよかったわ。明星さんもどうぞ」
進められるままに、焼き菓子を口に含めば、控えめな甘さと香ばしさが口の中に広がり、自然と笑みが浮かぶ。
その様子を見ていた露木も、椅子に座りお菓子を食べ始める。
「そうそう、今日はお祭りがあることを知っていましたか?」
露木の言葉に首を傾げれば、陽香がお菓子から顔を上げて、露木にお菓子かすを取ってもらいながら明星に話し始めた。
「今日は、村のしゅごのけものさまが生まれた日なんだよ。だから、おいわいなんだって」
「今年は、陽香が花を捧げるんですよ。時間があるのでしたら、明星さんも見ていかれてはどうですか?」
隣に座る陽香を見れば、期待に満ちた目で明星を見つめている。
そんな姿を見て断れるはずもなく、明星は苦笑して頷くのだった。
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・・・続きます。
一応、前に載せた暁月夜の続編なので、そちらを読んでからの方が分かりやすいかと思います。
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・・・続きます。
一応、前に載せた暁月夜の続編なので、そちらを読んでからの方が分かりやすいかと思います。
2009/10/11 (Sun)
月明りに照らされた、丘の上。
そこには、光を受けて淡く輝く、大きな木があった。
白い花は、甘い芳香を放ち、六枚の花弁が、風に誘われるように揺れている。
その木の根元には、光によっては黄金色にも見える、甘栗色の狼が眠っていた。周りや身体には、散った花弁が降り注ぎ、幻想的な風景を生み出している。
そこには、光を受けて淡く輝く、大きな木があった。
白い花は、甘い芳香を放ち、六枚の花弁が、風に誘われるように揺れている。
その木の根元には、光によっては黄金色にも見える、甘栗色の狼が眠っていた。周りや身体には、散った花弁が降り注ぎ、幻想的な風景を生み出している。
「明星(あけぼし)」
いつの間にか、明星と呼ばれた狼の前に、黒衣を纏った男が立っていた。
黒髪に青い瞳。
彼の整った外見は、冷たい印象を与えるが、名前を呼ぶ声は優しく、そこには愛おしいという気持ちが満ちていた。
彼は明星に近付き、その右手が明星の頬に軽く触れると、閉じていた目蓋がゆっくりと開かれ、琥珀色の瞳が現れる。
『・・・・・・昴(すばる)』
乾いた大地に、水が浸み込んでいくように、心地よい声が、辺りに響いた。
明星の声に、目を細めた昴は、優しい手つきで、明星に付いた花弁を落とす。
「・・・おはよう、明星。もう少しで暁だ」
ゆっくりと立ち上がる明星に、彼は微笑みながら告げる。空を見上げれば、確かに東の空が白み始めている。
そのことに一瞬、悲しげな色を琥珀の瞳に浮かべたが、すぐにそれは瞳の奥に消えてしまう。
『今回は、どうでしたか?』
昴に言葉を投げかけながらも、明星の視線は、まだ暗い空へと向けられている。
彼はそれを見ると苦笑し、同じように空へと目を向けた。
「あまり、良くはなかったよ。あの方も何を考えておられるのか・・・」
昴は、深く息を吐き、青い瞳に苦い色を浮かべた。
「我々の存在意義が、崩れてきている。
・・・・・・あの二人が抜けてから、我等の負担は増え、このままでは、役目が全うできない。唯一の救いは、我々が対を持つということか」
自分と明星、そして、消えた二人。
対は、互いが反対の性質を持つことで、安定した力を発揮することが出来るようになるため、その存在は、何よりも大切なものだ。
対は、互いが反対の性質を持つことで、安定した力を発揮することが出来るようになるため、その存在は、何よりも大切なものだ。
「・・・だが、それも、もう限界だ。」
『・・・・・・』
「我は、陰を司るからまだいい。けれど、君はそうもいかないだろう?」
その言葉に、明星は目を伏せた。
彼等の役目は、地上の穢れを取り除くこと。穢れを己が内に取り込み、神に与えられた力でゆっくり浄化していくのだ。
普通であれば、浄化を行っても、身体に影響が出ることはない。
しかし、地上の穢れが増えたことと、他の二人が居なくなったことにより、内の浄化が間に合わず、常に穢れが身体を蝕むようになってしまった。
対の中で、陰を司る昴は、穢れに対する耐性があるが、陽を司る明星は、それが無いため、長く穢れを留めておくと、身体に影響が出てしまう。
現に、明星は夜の間、その大半を眠りに費やさなくては、起き上がることすら出来なくなっていた。
「何故、我等が主は、何も仰らないのか。我が片割れが、こんなににも衰弱しているというのに・・・・・・」
明星は、苛立ちげに呟く昴に視線を向けると、彼の手に額を摺り寄せた。
『・・・神の意思は、誰にも分かりません。ですが、浄化を私たちがやらず、誰がやるのです?主の愛する大地を守ることが、私達の誇りでしょう?それに、貴方にばかり負担をかけることはできません』
「しかし・・・っ!」
『昴・・・・・・私は、まだ大丈夫ですよ。』
「・・・明星」
どこか寂しそうな表情をしている昴に、明星は安心させるように、瞳を和ませる。
『私たちは、互いに替えなど無い対なのでしょう?私は絶対に、貴方を一人になどしません。・・・だから』
――私を、信じて下さい。
信じてくれるのなら、私はそれに答えましょう。貴方のために・・・
私にとっての唯一は、貴方なのだから。
* * *
空を見上げれば、夜の気配は消え去り、今にも朝が訪れようとしていた。
昴は、明星を抱きしめると、微かに笑って腕を離した。
『・・・・・・ああ。もう、時間ですね』
山々の間から朝日が差し込み、明星の身体を包み込むと、その姿は、狼から人へと変わっていた。
腰まで伸びた甘栗色の髪が、コートの裾と共に風に流れ、澄んだ琥珀の瞳は、太陽の光を受けて、きらきらと輝く。
その姿は、凛然としていて、とても美しかった。
朝日を眺めていた明星は、ふと目を閉じ、右手を胸に当てて呟く。
「主が愛せし大地に、祝福と安寧を」
その言葉を受け取るかのように、優しい風が、二人の間を駆け抜けていった。
風が止むと同時に目を開き、後ろに立っていた彼に、笑顔を見せた。
昴は、それに答えるように微笑み、明星と自分の指を絡ませると、二人は目を閉じて、額を合わせる。
それは、二人の儀式。
神に創られた時から続く、存在を認め、心を交わすためのもの。
どれだけの時を経ても、決して変わることのない絆を持つ、二人だけに許された時間だ。
「私の」
「我の」
互いの呼吸と体温、そして鼓動が、自分の中に伝わってくる。
「「片割れに、己が持ちうるすべてを」」
時間も心も命すら、すべてを貴方に
「「捧げよう」」
この命の続く限り――・・・・
二人はゆっくり離れると、互いに微笑み合って、朝日を眺めた。
太陽は世界を照らし、夜の気配は完全に消え去っている。
明星は違和感を感じて、昴を見ると、首を傾げた。
「昴。・・・獣化しないのですか?」
人の姿をとるのは、身体に大きな負担を与えてしまう。
いくら陰の気を持つ昴であろうと、今の状態では、長時間、人の姿をとることは厳しいだろう。
いつもならば、儀式をした後、すぐに狼の姿になるのだが、今日はその様子が見られない。
「・・・昴?」
不安げに再度問いかける明星に、昴は曖昧な笑顔を見せると、照れくさそうに呟いた。
「・・・・・せめて、君が我の傍にいる間は、人の姿でいようと思ってな。そうすれば、君に笑いかけられるし、この手を伸ばすこともできるだろう?」
獣の姿ではそれができないから、と。明星はその言葉に一瞬、キョトンとした顔をして、言葉の意味を理解した途端に、顔がたちまち赤くなった。
「・・・・・・貴方っていう人は・・・」
「ん?どうした、明星」
「・・・なんでもありません」
貴方がそういう人だということは、分かっていましたけど・・・
明星は、心を落ち着かせるように息を吐き、穢れを祓いに行くために、身を翻した。
「明星。・・・気を付けて」
昴が声をかければ、明星は振り返り、柔らかい笑みを浮かべて、彼に言葉を返す。
「行ってきますね、昴」
光の中、互いの視線が交われば、明星は今度こそ役目を果たすために歩き出す。
しばらく、明星の後姿を見つめていた昴は、先ほどまで見せていた笑みを消し、神がいるであろう空を睨み付けた。
* * *
『・・・昴よ。お前が明星を助けたいと思うのならば、お前の覚悟を見せてみよ』
明星を助けてほしいと願い出た昴に、神は厳かに言った。
『私はお前達を創り、人と同じように心を、感情を与えた。あやつ等は、己の対を守るためにその責務から逃れ、私の下を去ったが、私が与えた絆が、どこまで強固なものなのかが見たい』
『・・・・・・』
『今から百と五十の年月を、獣の姿にはならず、人の姿のままで、浄化の苦痛に耐えてみよ』
――それが出来れば、明星を助けてやる。
* * *
唯でさえも、浄化のために力を使い続けている状態の今、人の姿をとることは、身体に掛かる負担と苦痛が大きい。
しかし、大切な対を守るためならば・・・
「・・・耐えて見せよう、明星のために。たとえ、この命が削れようとも――」
深みを増した青い瞳が、強い光を宿して輝く。
そんな昴の髪を、温かい風が僅かに揺らして、通り過ぎた――・・・
それは、誰も知らない
世界の守護者の物語。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・お疲れ様です。
これは春に書いたやつですが、続編が・・・かなり長くて、死ぬかと思いました。
今日やっと書き終わったのですが、趣味丸出しのうえ、最後の方が手抜きになってしまいました・・・
疲れたんです・・・・・・今日だけで10ページくらい書いたので。
目がしょぼしょぼです。
続編の方は、冬辺りに二回に分けて載せようと思います。
そして、来年は戦闘ものを書こうと思います。
今にも倒れそうな今日この頃。
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・・・お疲れ様です。
これは春に書いたやつですが、続編が・・・かなり長くて、死ぬかと思いました。
今日やっと書き終わったのですが、趣味丸出しのうえ、最後の方が手抜きになってしまいました・・・
疲れたんです・・・・・・今日だけで10ページくらい書いたので。
目がしょぼしょぼです。
続編の方は、冬辺りに二回に分けて載せようと思います。
そして、来年は戦闘ものを書こうと思います。
今にも倒れそうな今日この頃。
2009/07/18 (Sat)
さやさや――・・・
涼しげな風に揺られ、笹の葉が音を紡ぐ。
木々の間を縫うようにして流れる小川は、木漏れ日を反射して銀色の光を湛え、咲き誇る小さき花々を神聖なものへと変えていた。
「・・・・・・」
石の上に座り、その様子を眺めていた少女は、金色の瞳を静かに伏せる。
艶やかな漆黒の髪は、紅い紐で高い位置で結ばれ、彼女の白い首筋を顕にしていた。
少女が風と水の音に耳を傾けていると、後ろの方から誰かがやってくる気配を感じ、視線を後ろへと向ける。
「・・・やはりここだったか」
現れたのは全てを黒で統一した青年だった。
だが全て、と言うのは適切ではないのかもしれない。
彼の瞳は一見黒に見えるが、光を当てれば、その奥に青を見出すことができるのだから。
しかし、のことを知っているのは、彼の幼馴染であり主でもある彼女だけだ。
「・・・・・・何の用?お父様にまた何か言われたの?」
突き放すような口調で青年へと話しかける様は、一見冷たい印象を与えるが、そこに心配の色があることを青年は理解していた。
青年は、ゆっくりとした歩みで少女の隣まで来ると、彼は彼女の頭を軽く撫でて柔らかく笑う。
「・・・大したことはない。いつものように愚痴を聞かされただけだよ」
「嘘」
「・・・・・・嘘じゃない。旦那様もお疲れなんだ。だから・・・」
「だから貴方に、私の元を去れと言う」
違う?と少女は翳りのない金色の瞳を向けた。
彼女は決して心を偽らない。
それがどんなに難しいことなのか、青年は知っている。
だからこそ、彼女の瞳を見ると嘘をつく事ができなくなるのだ。
「貴方は私の守り人。守り人は片時も傍を離れず、最期の瞬間まで主に尽くさなければならない」
少女の視線が小川へと移される。
「けれど、私は貴方にそこまでは求めない」
「・・・・・・」
立ち上がった少女は、ゆっくりと小川に近づき、膝まで水に浸かりながらも空に手を伸ばした。
「私が求めるのは・・・・・・」
涼しげな風に揺られ、笹の葉が音を紡ぐ。
木々の間を縫うようにして流れる小川は、木漏れ日を反射して銀色の光を湛え、咲き誇る小さき花々を神聖なものへと変えていた。
「・・・・・・」
石の上に座り、その様子を眺めていた少女は、金色の瞳を静かに伏せる。
艶やかな漆黒の髪は、紅い紐で高い位置で結ばれ、彼女の白い首筋を顕にしていた。
少女が風と水の音に耳を傾けていると、後ろの方から誰かがやってくる気配を感じ、視線を後ろへと向ける。
「・・・やはりここだったか」
現れたのは全てを黒で統一した青年だった。
だが全て、と言うのは適切ではないのかもしれない。
彼の瞳は一見黒に見えるが、光を当てれば、その奥に青を見出すことができるのだから。
しかし、のことを知っているのは、彼の幼馴染であり主でもある彼女だけだ。
「・・・・・・何の用?お父様にまた何か言われたの?」
突き放すような口調で青年へと話しかける様は、一見冷たい印象を与えるが、そこに心配の色があることを青年は理解していた。
青年は、ゆっくりとした歩みで少女の隣まで来ると、彼は彼女の頭を軽く撫でて柔らかく笑う。
「・・・大したことはない。いつものように愚痴を聞かされただけだよ」
「嘘」
「・・・・・・嘘じゃない。旦那様もお疲れなんだ。だから・・・」
「だから貴方に、私の元を去れと言う」
違う?と少女は翳りのない金色の瞳を向けた。
彼女は決して心を偽らない。
それがどんなに難しいことなのか、青年は知っている。
だからこそ、彼女の瞳を見ると嘘をつく事ができなくなるのだ。
「貴方は私の守り人。守り人は片時も傍を離れず、最期の瞬間まで主に尽くさなければならない」
少女の視線が小川へと移される。
「けれど、私は貴方にそこまでは求めない」
「・・・・・・」
立ち上がった少女は、ゆっくりと小川に近づき、膝まで水に浸かりながらも空に手を伸ばした。
「私が求めるのは・・・・・・」
* * *
「・・・旦那様」
青年はあまり音を立てないように扉を閉め、主の父親の前に座る。
彼の前に座っている男は、たった一代で財を築き上げ、国の中枢にまで力を持つたやり手だ。
未熟な自分の小賢しい嘘など、簡単に見破ってしまうだろう。
だからこそ、青年はまっすぐに男を見つめた。
「・・・・・・答えを出したかい?」
優しげな声が響く。
青年は手を強く握り締めて、声が震えないように「はい」と口に出した。
「・・・それで、君の答えは?」
「私は、私の命はお嬢様と共に」
「・・・・・・何故、と聞いてもいいかね?」
男は全てを理解しているように、青年の言葉を促す。
「お嬢様は、私に全ては望まないと仰られました。私の心や身体は私自身のものだからと。私が何を望んでもそれは私が決めたことで、自分が止めることはできないからと。あの方は・・・お嬢様は、自分が求めるのは私の――・・・」
「――いいだろう、合格だ。お前の縁談は白紙に戻してやる」
「・・・はい!」
「あの子を頼んだよ」
青年は部屋を出ると、一目散に駆け出す。
愛おしい少女の元へと。
求めて止まないもの。
誰でも良いわけではない、唯一人の愛する人の――・・・
『私が求めるのは、貴方の偽りのない心』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
意味が分かりません(笑)
補足として、青年は旦那様に(断れない、軽く脅しが入った)縁談を持ち込まれ、「最終的にどうするかは、自分で決めなさい」と言われてお嬢様の所に行きます。
お嬢様は、青年が悩んでいるのを知っていたので「私が求めるのは、偽りのない心だけ」と、本心を告げればどんな答えを出したとしても青年を擁護する的な意味合いのことを言いました。
その言葉で青年は覚悟を決め、お嬢様に尽くすことを旦那様に伝えに行き、実は青年の覚悟を見るために旦那様が仕組んだ縁談だったということです。
ちなみに、脅しは『承諾しなかったら、家族はどうなると思う?』みたいな感じですかね。
言ってしまえば、途中でめんどくさくなってしまったので明らかに手抜きです。
そして、眠い。
本当はもっと細かく詳細を書きたかったのですが・・・(以下省略)
リハビリ文です。