2008/02/03 (Sun)
「では・・・六花、紅簾。現状を報告する」
琉砂の言葉に、二人は無言で頷く。
それを見た琉砂が、少し前かがみになって話し始めた。
「今のところ大きな動きは無い。が、それは表面上だけだ。実際は色々とやっているようだな。そのうち仕掛けてくるだろう。それと、王子が操られていることに誰も気付いていない。皇帝でさえもな」
「お父様も?」
――お父様が気付いていない?
清漣は歴代の皇帝の中で一番力が弱かったが、この国が開かれてから今までにない最高の時代を築き上げるほどの才を持つ人物だ。
先を見通し、それに必要なことを自らが積極的に先頭に立ち、確実に成し遂げる。誰もが彼を信頼し、尊敬し己から頭を下げるのだ。
そんな父が、自分の後を継ぐ兄の変化に気付かないはずがない。
「いえ、違う・・・・。きっとお父様は気付いていらっしゃる。気付いていても何もしていないだけよ」
まっすぐに。自信を持って言い切れる。
鈴の言葉に、納得のいかないという風に琉砂が顔をしかめた。
「何故だ?このままだと国が乱れる可能性があるんだぞ。民想いの皇帝で有名なお前の父親が、この事態を放っておくわけがない」
「私も鈴の考えと同じだ。彼は知っている。それも、私達が知らないこともすべてを」
「何故分かる」
鈴はともかく、紅簾にまで反論された琉砂は、不機嫌さを隠さずに言った。
紅簾と出会ってからは一度も父と会っていない。ただでさえも、忙しくてめったに会うことができなかったのに、何故面識のない紅簾が知っているのだろうか。
鈴も不思議に思う。
「一度、彼に会ったが、すべてを見通す目をしていた。力そのものは弱いが、それを補うものがある。おそらく、彼には隠し事などは通用しないだろう」
敵には回したくない人物だと呟いて、紅簾は黙った。
「紅簾、いつの間にお父様に会ってたの?」
それならそうと言ってくれればよかったのに。
そういえば、もうしばらく会っていない。
最後に姿を見たのはいつだったか・・・・・・
「こちらに来て最初に。扉を開けてくれたのが彼だったから」
唐突な言葉に驚いて、一瞬紅簾が何を言っているのか分からなかった。
「・・・・・扉?」
「そう。扉」
扉とはなんなのだろうか。
「話がずれているぞ・・・・・・・」
話の軌道を修正してくれたのは、琉砂だった。
「え?なんだっけ」
「あのな・・・・」
琉砂は呆れたような、諦めたような顔をした。はーというため息までついている。
「どうして鈴・・・・じゃなかった、六花の父親、皇帝がこのことを知っていて、手を出さないかということを聴いていたんだが」
「ああ、そうだったわね」
何故。
はっきりと言い切れる自信がある。
お父様が、この件に気付いていると言い切れる自信が。
それは――
「お父様がタヌキだから」
「・・・・・・・は?」
「適切な答えだな」
頭の上に疑問符を浮かべている琉砂と打って変わって、紅簾は妙に納得している。
「タヌキだからよ、お父様が」
「た・・・タヌキって・・・・」
鈴はもう一度言ったが、琉砂はまだ困惑しているようだ。
当然といえば当然の反応だろう。
一国の皇帝が、それも娘にタヌキなどと言われれば、誰だってこのような反応を返すはずだ。
――あまり、お父様のタヌキ話を話したくはないけど、琉砂に理解してもらうには話さないといけないわね・・・・・
ふうっと短く息を吐いて、鈴は口を開いた。